otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2021極私的回顧その16 国内文藝

 極私的回顧第16弾は国内文藝です。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。

2020極私的回顧その16 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開)

2019極私的回顧その16 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開)

2018極私的回顧その10 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開)

2017年極私的回顧その10 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開)

2016極私的回顧その10 国内文藝 - otomeguの定点観測所(再開)

 

【マイベスト5】

1、彼岸花が咲く島

 ご存じの通り、2021年上半期の芥川賞受賞作です。沖縄をモデルにした架空の島における文化人類学・言語実験的SFであり、抑圧された歴史を有する現実の沖縄や台湾と地続きの周縁の文学であり、アトウッドやウィルヘルムの系譜を継ぐフェミニズムユートピア小説であり、シスジェンダーについての男性優位な語りを転倒させるクイア文学であり。極私的には国内SFとしても1位に評価する作品ですが、ジャンル強度においては文藝の方が上と判断し、国内文藝の1位に推します。

 

2、姉の島

 長崎県の離島を舞台にした、85歳で停年を迎えた海女の女性が主人公である海洋冒険譚です。主人公が「倍暦」という風習で85歳の2倍の170歳という齢をもらったことに始まり、後進のために始めた海図づくりの中で海山周辺の神秘的な海世界や太平洋戦争などの歴史について語られ、そこに海の幽霊譚が重なり、彼岸と此岸がつながります。海への畏敬、生と死の連なり、歴史の重みなどが重層的に重なり、圧倒的なイマージュの感じられる、生への賛歌といえる小説です。

 

3、貝に続く場所にて

 こちらも2021年上期の芥川賞受賞作。衒学的な技巧を凝らした作品ですが、メッセージは極めてシンプル。ドイツに暮らす主人公が震災で行方不明になったはずの知人と9年ぶりに再会するも、コロナのためマスクに覆われた顔は解像度が低く、当人なのか幽霊なのか確信が持てない・・・この不安定な再会が震災の記憶と現在のドイツでの生活とを接続し、ゲッティンゲンの空襲という土地の記憶とも連なり、物語終盤には未だ震災の後遺症に苦しむ人々の強迫観念が顕れ、震災を忘却することの惧れへと至ります。東日本大震災から10年が経ち、文学として災害の記憶をつなぐ役割を担う作品です。

 

4、ジュリアン・バトラーの真実の生涯

 マッカーシズムビートニク、カウンター・カルチャー、ポストモダンなどの懐かしのパワー・ワードが舞い踊った1950~70年代のアメリカを華やかに疾走し、「20世紀のオスカー・ワイルド」と称された文学者、ジュリアン・バトラー。その生涯を評論家アンソニー・アンダーソンが克明に追い、膨大で詳細な参考資料のリストとともに伝記化したのがこの作品であり、これを川本直が翻訳し・・・という体裁をとった、偽書でありフィクションが本作です。メタフィクションとしての完成度が高く、実在の人物や出来事についてのインデックスの多彩さと、オスカー・ワイルドかくやと思わせるジュリアンの同性愛的な魅力が、小説としての厚みを裏打ちしています。偽史を騙るならここまでやれ。

 

5、ジャックポット

 齢87歳となった筒井康隆、健在なり。自らの人生と息子の死について振り返りながらも、しんみりとせず筒井流の言葉遊びやら毒やら文学ネタやらジャズやらを各所にばらまいています。死後の生を認めずハイデガーの実存にこだわる筒井の哲学と語りは幾回りも昔のもので最早牧歌的ですらありますが、その思弁は強靭です。

 

【とりあえず2021年回顧】

 世間に転がる無数の醜いこと痛ましいこと悲しいこと分からないことおぞましいことども、これら無謬の圧力に対する自衛としての鈍感さ。速度と情報に圧迫された現在を生きていかねばならぬことの苦痛と悲鳴。しかし、過去の堆積の上に盛られた現在という時間に、いま・ここに・あるという感覚をテキスト化し物語化する亡霊の一群。それら不確かでありながら確かである若い作家たちが文藝シーンをかき回してくれた2021年は、一読者として見れば幸福な情況であったのでしょう。

 活字離れなるクリシェとは無縁のデジタルネイティブたちが綴る言説は、情報にまみれ消耗した現在および日常にリアリズムや夢想や奇想を潜ませ、心地よいうめきとうねりを与えてくれます。老化して機能不全を起こしている社会=世界の諸々に対する透徹したまなざしと健全なシニシズム。集散し越境し集合知をなすこれら=彼らの運動体が2022年も駆動してくれることを祈ります。

 ・・・と、ここまで2020年の回顧まとめのコピペです。手抜きで申し訳ないですが、昨年の印象が2021年と全く地続きになってしまったので。も引き続き若い作家たちの言説を大いに愉しむことのできた1年でした。

 そして、最後に海外文学の項でも触れましたが、改めて声をあげます。文学による声で民衆の連帯を。そして、愚かなる侵略者と、安易な核武装を唱える知的に劣った為政者たちに鉄槌を。