otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2021極私的回顧その17 詩

 極私的回顧第17弾は詩です。いつものお断りですが、テキスト作成のためamazon、《現代詩手帖》ほか各種レビューを参照しております。また、これも毎年のお断りですが、詩誌や同人をきちんと追っていないので、不完全な総括であることをご容赦ください。

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【マイベスト5】

1、レゴリス/北緯四十三度

 屯田兵の末裔たる詩人は自らを「加害者の末裔」としながらも、アイヌに対する差別や憤りを詩集の各所で謳い、強い否定の言説が構築されています。形而上的な形象がばらまかれ、銀色の装丁を含む凍てついたイマージュが作られながらも、詩人の根底にある慟哭が詩集を反転させ、激しく燃え上がります。世界の差別や暴力に対する普遍的な否定言説。プーチン侵略と極右による幼稚な核武装論議がやかましい今こそ、この詩人の宿す生命力がもっと拡散されるべきです。

 

2、やがて魔女の森になる

 疾走するような言葉の流れによって、詩人が自身の可能的な人工性を肯定し、詩世界と実世界とを滑らかに接続し、ジェンダーミソジニーというセンシティブな問題を題材にしながらも、無理なく読者と共有されています。感覚的な語の連なりの奥に観念を潜ませ、テーマ性を浮かび上がらせる、印象的な詩集です。

 

3、野生のアイリス

 ノーベル賞受賞詩人のルイーズ・グリュック、本邦初訳の単行本になります。テーマ性を声高に叫ぶのではなく、平易で飾り気のない言葉で綴られたシンプルな詩です。死や人生の苦しみなど重い題材を扱いつつも、言葉の先に人生の光を見出す肯定的な姿勢が、グリュックの一貫した姿勢です。原文の佇まいを崩さない丁寧な翻訳と原詩とが並べられいて、互いに引き立て合ううまい効果も出ています。

 

4、h-moll

 タイトルは西洋音楽ロ短調であり、バッハのミサ曲・ロ短調BWV232を下敷きに、ミサ曲の題名を章立てにした詩集です。しかし、詩に刻まれた言葉は一見神学とかけ離れたカッティングエッジであり鋭利なもので、奇形のシュールリアルともとれるもの。ミサという典礼に範をとりながら、世俗の汚濁をこれでもかと取り込み、昂揚と充足を散種して言語のオブジェを構築しようとしつつ半ば破綻したような印象です。それでも敢えて不可能性を狙った詩集のありように強く惹かれたので、ランクインさせました。

 

5、ノヴァーリス 詩と思索

 2021年度の評論枠。2022年はノヴァーリスの生誕250年ですね。今泉文子のノヴァ―ロス論としては、翻訳を除けばこれが4冊目です。フィヒテベンヤミンを介した「クリングソールのメルヒェン」読解から、ノヴァーリスが抱いたロマン主義的な作者と読者についての文献学が掘り下げられていきます。

 

【とりあえず2021年回顧】

 2021年、パンデミックがしぶとく続く中、詩作のエネルギーもまたしぶとく続いていたことは好ましいことでした。個人的な省察の深まりが危機との冷静な距離を測る。パンデミックについてあからさまに表現するのではなく、事後的に抽象化・内在化して、落ち着いて扱う作品が多かったような印象です。

 そして、プーチンウクライナ侵攻、国内での稚拙な核武装論議など、我々の未来を奪うような事象と言説が横行しています。20世紀前半、機械文明への賛美を謳った未来派はやがてファシズムに取り込まれ、戦争賛美となっていきました。健全なシニシズムを保ち、21世紀は世界大戦の惨禍を防がねばなりません。2022年は詩がパンデミックだけでなくファシズムとも対峙していく1年になるのでしょう。