2021極私的回顧その27 SF(国内)
更新が遅れに遅れている極私的回顧ですが、うまく想がまとまらなかったので、2021年度は「思想・評論」「アート」をとりやめにして、文芸系にいきます。ほとんど読者のいない場末ブログですが、細々と更新していきますので、飽かずお付き合いいただければ幸いです。
極私的回顧第27弾は国内SFについてのまとめです。毎度のおことわりですが、SFにジャンル分けできるものでも、作品によっては近接ジャンルのファンタジー・幻想文学などに配置している場合があります。また、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。
2020極私的回顧その27 SF(国内) - otomeguの定点観測所(再開)
2019極私的回顧その27 SF(国内) - otomeguの定点観測所(再開)
2018極私的回顧その19 SF(国内) - otomeguの定点観測所(再開)
2017年極私的回顧その19 SF(国内) - otomeguの定点観測所(再開)
2016極私的回顧その19 SF(国内) - otomeguの定点観測所(再開)
【マイベスト5】
1、ゴジラ S.P <シンギュラポイント>
完全新作TVアニメシリーズ「ゴジラ シンギュラポイント Godzilla Singular Point」公式サイト
ゴジラS.P<シンギュラポイント> 公式 #ゴジラSP (@GODZILLA_SP) | Twitter
ゴジラ S.P <シンギュラポイント> - Wikipedia
誠に遺憾ですが、この作品を1位に持ってこざるを得ませんでした。理由は後述します。当ブログでレビュー済みの作品なので、再掲します。
SF者としてはやはり1位に持ってこなければいけないアニメでしょう。作画や演出のレベルの高さ、円城塔脚本という話題性、事件を主役として見せるシンプルな構成、アラレちゃんの登場など様々な美点がありましたが、やはり何といっても、既存の科学知識を想像力で外挿して世界の思いがけない様相を作り出すという、古き良きハードSFとしての骨格を最後まで維持して押し切った力業に敬意を表したいと思います。
2021・4~6月 春アニメ極私的回顧 - otomeguの定点観測所(再開)
2、まぜるな危険
『ムジカ・マキーナ』以来、高野史緒の真骨頂は、歴史小説において多彩な時代の技術や文化や人物などをサンプリングしてリミックスする、DJ的な冴えです。彼女が生み出した鋭利なカッティングエッジたる短編集。伊藤計劃と円城塔とドストエフスキーとその他数々のSFを混淆した「小ねずみと童貞と復活した女」、『ドグラ・マグラ』と『悪霊』を煮詰めて盛り付けた異形な作品「ドグラートフ・マグラノフスキー」など、高野史緒にしかできない至芸が存分に味わえます。極私的にはこの本が高野SFの中では最高作品です。この珠玉の一品を2021年度の国内SF小説のベストに推します。
3、再着装(リスリーヴ)の記憶――〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー
こちらはレビュー済みの作品ですね。再掲します。海外作家の作品も入っていますが、国内SFの項で扱います。
〈エクリプス・フェイズ〉は2016年に日本語版が発売されたTRPGで、今回はその背景世界を舞台としたシェアード・ワールドのアンソロジーとなります。TRPGのシェアード・ワールドの小説といえば、〈ドラゴンランス〉〈ウォーハンマー〉やT&Tの〈トロールワールド〉などが翻訳では有名ですし、日本でも〈ソード・ワールド〉〈クリスタニア〉〈妖魔夜行〉など多数の小説が刊行されてきました。正直なところ、シェアード・ワールドの小説群はライトノベルやノベライズという視座で見ると一定のクオリティがあっても、SF・ファンタジーといったジャンル小説の文芸=文藝的な視座で見ると玉石混淆になってしまう印象があります。
しかし、今回の『再着装(リスリーヴ)の記憶』は、これまでに読んできたシェアード・ワールドのアンソロジーの中でもトップクラスの完成度であるだけでなく、ポストヒューマン/トランスヒューマンSFおよびサイバーパンク/ポスト・サイバーパンクとして強固なテーマ性が貫かれており、批評性の高い仕上がりになっています。
お勧めの短編は、まず冒頭に登場するケン・リュウ「しろたへの袖(スリーヴズ)ー拝啓、紀貫之どの」です。SFの最前線としてのポストヒューマンSFのロジックとアーサー王伝説、さらに紀貫之を引用しての日本古典のあわい。これらを鮮やかに融合させる手腕はやはり世界トップの作家ですね。そして石神茉莉「メメントモリ」。揺らがぬはずの魂と交換可能な義体。SFでは繰り返し扱われている題材ですが、理で構築された世界=異世界=仮想世界に理ならざる怪異・幻想を潜らせ、そこから人間存在のありかたそのものに思弁を到達させる、優れたスペキュレイティヴ・フィクションです。
私は〈エクリプス・フェイズ〉のTRPG本体は残念ながら未プレイですが、ルールブックや設定資料を読む限りでは、〈エクリプス・フェイズ〉は社会科学的な知見が豊富に散種された極めて批評性・完成度の高い背景世界であり、それゆえに参加した作家たちが自在に高度に作品を展開できるということなのでしょう。
『再着装(リスリーヴ)の記憶――〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー』短評 - otomeguの定点観測所(再開)
4、異常論文
2021年度『このSF』1位の作品です。間違いなく好企画であり、熱量の高い短編が詰まっており、多数の作家が集まったからこそ織り上げられた絶妙の味わいがあり、SFファンなら間違いなく必読の一品です。しかし、この作品が年間ランキングの1位に来てしまうところに、現在、私が強く感じているSFというジャンルの問題点があるのですが・・・。
5、ポストヒューマン宣言:SFの中の新しい人間
2021年に読んだSF評論の中ではこれがベスですト。ポストヒューマンという題材について、古今東西の小説・映画・アニメ・コミックなどを俯瞰的に論じた評論です。実存そのものを資源として蕩尽し、人間以後の存在となったポストヒューマンは、技術的にも認識論的にも人間自然が排された構築主義的存在です。しかし、そこになお残る人間自然が呻き・抵抗する姿こそ、SFが描くべき実存の本質の一つなのでしょう。
【とりあえず2021年総括】
不作。
昨年も同じことを書きましたが、この一言で終了です。複数の作品を他ジャンルに飛ばしているせいでもあるとはいえ、ベスト5を選ぶのにかなり迷いました。優れた作品が多くて迷ったのではなく、年間ベストに値する作品がほとんどなかったためです。特に長編はひどい。『SFが読みたい!』で、『異常論文』が1位になったのをはじめとして、ランキング上位をアンソロジーや短編集が占めましたが、これは短編集に好企画が相次いだ年だからではありません。ろくなSF長編がなかっただけです。閉鎖系のジャンル内では評価されても、エンタテイメントとしての普遍性はない。既存の芸風の再生産をみんなで回している。他ジャンルのアイコンを取り込むのはいいけれど、それでジャンルを活性化し拡張している気になって充足している。海外SFと国内SFのベストテンを比較しても、国内SFのベストテンを『このラノ』『このミス』『この時代小説』のベストテンと比較しても、2021年の国内SFは小説としての完成度、エンタテイメントとしての普遍性や強度という点において、明らかに劣ります。
すみませんが、昨年のコメントをコピペします。ゼロ年代、日本SFが駆動したのは伊藤計劃、円城塔といった強力な作家たちがジャンルの骨格を固めつつ周辺に激しく伝染していったからでした。しかし、今の日本SFにはジャンルの骨格となる作家が見当たらず、SFが他ジャンルを半ば無理に取り込んでSFの拡散=拡張を企図している印象が強いです。残念ながら、2021年もその状況は変わりませんでした。むしろ、作為が悪化している印象です。
2022年、強い骨格と思弁性を有する国内SFが出版されることを切に願うのみです。