otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2021極私的回顧その29 ファンタジー(国内)

 極私的回顧第29弾は国内のファンタジーについてのまとめです。アダルト・ファンタジーと児童文学のファンタジーのまとめであり、ライトノベル・ファンタジーライトノベルの項に入れています。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

2020極私的回顧その29 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

2019極私的回顧その29 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

2018極私的回顧その21 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

2017年極私的独白その21 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

2016極私的回顧その21 ファンタジー(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

 

 

【マイベスト5】

1、蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale

 花田一三六、久々の新作は、売れない作家と蒸気錬金式幻燈機の少女というコンビによるスチームパンク活劇。少女ポーシャが主人公に毒舌を浴びせながら軽妙なやりとりを繰り広げ、バディものとしての魅力を引き立てています。紀行文として語られる蒸気と魔術の世界も細部まで練り込まれており、理詰めに構築されたファンタジー。この作品を2021年の1位に推します。

 

2、播磨国妖綺譚

 庶民と怪異の間をとりなす陰陽師の物語を描いた連作短編集です。室町時代の播磨の風土や当時の医学知識などが細かに描写されている、魅力的な歴史小説でもありますが、猿楽や舞踊などで現実と異界をつなぎ、芸能の力で怪異と病に立ち向かう陰陽師たちの姿は、やはり和製ファンタジーとして評価するのが最もふさわしいでしょう。

 

3、久遠の島

 乾石智子〈オーリエラント〉の新作です。このブログで複数回、書いていますが、乾石智子は文章そのものに幻想をまとわせて読者と神秘を架橋する、稀有な資質を有する作家であり、現役では数少ないコア・ファンタジーの作家です。『夜の写本師』の過去を描いた物語で、若者たちの成長に焦点があてられており、神秘や魔法の度合いは他作品より薄めですが、美しい〈オーリエラント〉の味わいはいささかも損なわれていません。造本の美しい作品なので、紙で手に取るべき本です。

 

 

4、ランペシカ

 アイヌ神話をベースにしたシリーズ、『チポロ』『ヤイスレーホ』に続く完結編。幼いながらも人の心の機微を理解し、単なる善にとどまらず敢えて汚い行為にも覚悟を決めて取り組む、ヤイスレーホの懸命さが魅力的です。三部作を通して生意気な子供が良くも悪くもいかに成長するかを見ていただきたい。互いを必要としながらせめぎ合う人間と神々の関係や、人の苦しみや愚かさや葛藤に焦点があてられており、奇麗な物語ではありませんが、それゆえに人への愛おしさが湧きたちます。

 

5、黄色い夏の日

 古い洋風建築に惹かれた少年が、その家に住むおばあさんの記憶に紛れ込む、時間を渡る物語。児童文学のエブリデイマジックの範疇ですが、高楼方子が時間や空間を捻じ曲げて飛び越えて物語を展開する筆力はやはり特筆。表紙に描かれたキンポウゲの鮮やかな黄色が物語の切なさをかえって象徴している、美しくも毒を含んだ作品です。

 

【2021年とりあえず総括】

 マイベスト5は各ジャンルからの寄せ集めみたいになりましたが、海外ファンタジー同様、アダルト・ファンタジーでも児童文学でも目立った作品の刊行が少なく、ジャンル全体が静かな1年でした。児童文学のエブリデイマジックを完全にはカバーしきれていないので完全なジャンル把握ではありませんが。2022年は大作級の作品が出てきてくれることを期待したいです。

 締めには毎年の祈りを掲げます。祈・マイナー文学からの脱却。祈・SFやミステリのサブジャンル扱いからの脱却。祈・児童文学の独りよがりの視点の脱却。