otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2022極私的回顧その3 本格ミステリ(海外)

 毎度毎度間が空いてすみませんが、2022極私的回顧第3弾は本格ミステリ(海外)です。いつものお断りですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。

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【マイベスト5】

1、キュレーターの殺人

 クレイヴンの〈ワシントン・ポー〉シリーズの最新作は、過剰なまでに作り込まれた人工的犯罪計画と、鋭くも迂遠な推理を執拗に行う探偵役のこれまた過剰な様式美に満ちた、技巧的・様式的に盛りに盛られた本格ミステリです。執拗な記号的装飾や本格ファンにはおなじみの約束事の乱打にうんざりする向きもあるかもしれませんが、やりすぎ感を味わうこともまた本格ミステリを含むジャンル小説のコアな愉楽の一つです。この過剰な作品を2022年度のベストワンとします。

 

2、デイヴィッドスン事件

 1位が過剰な作品だったのに対して、こちらはシンプルなミステリ。2022年のクラシック・ミステリではやはりこちらでしょう。本国イギリスではジョン・ロードの代表作とされている作品です。使用されているトリックやミスリードなどの作り込みは本格ファンには恐らく見慣れた類のものでしょうが、そこに過剰な演出や装飾を施すことなくすっきりとしたボリュームに仕上がるのが、クラシックの親しみやすい点なのです。

 

3、辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿 

 

 19世紀、清代末の香港を舞台にホームズ役とワトスン役を中国人に移し替えた、ホームズもののパスティーシュ帝国主義への憤りが描かれた歴史小説的な側面や武侠小説的な趣も面白いですが、聖典のホームズの話をミクスチャーしたり、敢えて本家のアイデアを崩したりと、聖典への畏敬の念と洒脱な遊びが共存している、パスティーシュのお手本のような作品です。

 

4、短編ミステリの二百年

 2021年完結のシリーズですが、レビューの年次では2022年度に入るのでランクインさせました。一級の短編群と骨太の評論。この機会を逃すともう読めないかもしれない短編も多く、資料的な価値も十分あり、毎回新刊を手に取るのが楽しみな好企画でした。

 

5、夜のエレベーター

 フレデリック・ダールによる同題映画の原作小説です。現代本格の視点から見ればシンプルな密室トリックですが、作者が各所に仕掛けたエスプリや詩情を楽しみながらサスペンスに浸ることのできる佳作です。掛詞やダブルミーニングなどがばらまかれ、翻訳の難しいダールの言葉遊びを丹念に日本語に移した翻訳の労にも敬意を表したいと思います。

 

【とりあえず2022年総括】

 極私的には、現代本格にもクラシックにもピンとくる作品が少なく、豊作だったここ数年に比べると寂しい作柄でした。毎年書いていることですし、発掘や翻訳の大変さは理解しているつもりですが、やはりクラシック・ミステリの傑作を1年に何作かは読みたいものです。現代の我々から見たら使い古されたトリックで類型に過ぎる登場人物であっても、物語を適度な尺に収め、なおかつしっかり読ませるクラシック。大部に過ぎる現代作品に比べ、素朴でシンプルだからこそ際立った魅力があると思います。