2016極私的回顧その9 海外文学
多忙が続き、すっかり更新の間が空いてしまいました。いい加減、書いていかないと2016年が終わりませんね。忙しい状態はまだ続くので安定した更新は難しいかもしれませんが、飽かずお付き合いいただければ幸いです。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。
【マイベスト5】
1、炸裂志
中国の現代文学の最尖鋭、閻連科の最新翻訳です。SF・幻想文学・歴史小説など他のジャンル小説の要素も有していますが、海外文学に入れました。荒唐無稽なエピソードの内に想像力の切片を散種しつつ、現代中国の闇や裏の歴史を暴きたて、尖閣諸島を含めた政治の諸相にも入り込む、切れ味鋭い作品です。マジック・リアリズムとも中国の古典とも解することができる幻想的な文章は、閻連科にしか織り上げることのできないものでしょう。
2、ヌメロ・ゼロ
ウンベルト・エーコの遺作で、歴史でも幻想でも博物学でも哲学でもない、ジャーナリズム批評小説で、ノンフィクションに近い作品です。エーコおなじみの陰謀論に加え、政治批評や社会批評などが整理されて呈示されています。反社会的・反知性的人物が国のトップに立ってしまうという現在の日本や欧米のマンガ的な状況を鑑みると、エーコの警告がいかに鋭いものであったのかが分かります。
3、あの素晴らしき七年
イスラエル出身のユダヤ人であり、短編の名手、エトガル・ケレット。この作品は小説ではなくエッセー集で、息子の誕生からケレットの父が他界するまでの7年間の日常を綴ったものです。テロを含む社会の恐怖や人間の不穏さに加え、「イスラエル」「ユダヤ人」という重く歪んだイコンを背負いながらも、ケレットの言説は、コミカルに心地よく読者のもとに届きます。作者の強靭な精神が紡ぐ健全なシニシズムやユーモアこそ、極限状態の世界と人間を救うカギなのでしょう。
「イスラエルとパレスチナ、2国家共存にこだわらない」トランプ大統領、ネタニヤフ首相との会談で表明
4、ゼロヴィル
現実と幻想の間を行き交う映画小説です。名作映画の参照やパロディやオマージュが無数にばらまかれており、これらを追うだけでも楽しいです。ここにエリクソン一級の妄想と毒をまぶし、幸福と絶望、救済と破滅など、相反するイマージュを折り重ねることでこの作品は完成します。個人的には『黒い時計の旅』の方が好みですが、『ゼロヴィル』も十分に麻薬的な魅力を有した作品です。
- 作者: スティーヴエリクソン,Steve Erickson,柴田元幸
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2005/08
- メディア: 単行本
- 購入: 9人 クリック: 115回
- この商品を含むブログ (128件) を見る
5、アウシュヴィッツの図書係
アウシュヴィッツにおける実話をもとにした作品です。人間が極限状況で生き抜くために支えになった、本の力と物語の力を称揚した人間賛歌です。
主人公の図書係・ディタはディタ・クラウスだというのを知って驚きました。物語の体裁をとっていますが、この小説はノンフィクションとして評するべき作品かもしれません。
第10回 ディタ・クラウスさん(2) - テレジン 命のメッセージ
【2016年とりあえず総括】
翻訳小説の市場は相変わらず不景気な話ばかりのようですが、バラエティに富んだ作品を読むことができ、全体には豊作という印象の1年でした。トランプがアメリカ大統領になるという醜悪な出来事が起こり、戦争や暴力の悲惨さを顧みない反知性主義むき出しの言説が跋扈する中、文学が歪んだ現実といかに向き合うべきなのか。一読者としてどういう視座で本を選ぶべきなのか。いろいろ考えていたら、歴史性やユーモアを現実に照射する批評性の高い作品がベスト5に並びました。
2016年の世界文学における最大の事件といえば、もちろんボブ・ディランのノーベル文学賞受賞です。アメリカン・イディオムを謳い上げる21世紀の吟遊詩人の受賞ですが、個人的にはいささか遅きに失した感があります。文学の領域は活字のみに限ったものではないということを、改めて確認する出来事になりました。