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文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2022極私的回顧その9 海外文学

 体調不良が続いており、発信がなかなかままなりません。消滅寸前の場末ブログですが、飽かずお付き合いいただければ幸いです。

 極私的回顧第15弾は海外文学です。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。

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【マイベスト5】

1、ルミナリーズ

 2022年に読んだ本の中では最も重かった1冊です。本文720ページ、総重量1キロ越え。濃縮された文体の語りと占星術をベースにした物語の枠組みが魅力的な超重量級の大作です。舞台は19世紀後半のニュージーランド。主要な登場人物12人に黄道12宮の星座及び太陽系の惑星が割り当てられ、作中の日付と天体の位置関係、さらに登場人物の関係と対話の一つ一つが織り重ねられて物語は進行します。原文にはあたっていませんが、文体は19世紀の英国小説を思わせる、古めかしく濃縮されたもの。星図のように配置された断片の語りを一つ一つ読み解くだけでも大変なのですが、物語後半における加速と収斂に伴う快感を味わうには前半での苦労が不可欠です。占星術的な知に触れることのできる2022年のマスターピース。この作品をベストワンに推します。

 

2、黄金虫変奏曲

 こちらも800ページを超える鈍器本です。4つの塩基に基づく遺伝子解読による生物学を通底として、失踪した生物学者と彼の人生を知ろうとする者たちの人生と悲哀が文字通り二重螺旋のごとく絡み合って展開されます。サイエンス、文学、哲学、音楽など知の断片が衒学的に散種されつつ織り上げられた魅惑的なスパイラル。表題通り、主要なモチーフはポー『黄金虫』とバッハ『ゴルトベルク変奏曲』であり、この二つは陽に陰に繰り返し顕現します。

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 個から多へ。無機から有機へ。ミクロからマクロへ。物語の視座が目まぐるしく変転しながらも、基にあるのは極めてシンプルな生命そして人生の本質。大いなる豊穣を謳う賛歌として、清涼な読後感に包まれる作品です。

 

3、野原

 オーストリアのいずこかにある街、バウルシュタット。その街にある「野原」なる墓地に埋葬された死者たちのつぶやきが連なった作品です。名もなき市井の人々の悲哀や矛盾に満ちた人生を俯瞰しながら、いかに生きるかということに思いを馳せるのが吉。散文詩のごとく美しい佳品です。

 

4、パラディーソ

 こちらも1キロ近い大部の本です。「翻訳不可能といわれたキューバ文学の全訳」という触れ込みですが、作者はキューバの詩人・作家ホセ・レサマ=リマ。不勉強ながら初見の作家ですが、あとがきによるとキューバ国内では権威を確立している、バルガス=リョサやガルシア=マルケスより前の世代の作家です。『神曲』を下敷きにしてキューバを舞台にした作者の自伝的(??)物語でありビルドゥングス・ロマンであり、主人公の幼年期から物語が始まります。しかし、両親や祖父母の話が出てきて物語の時間軸が混乱したり、哲学や神学論争が始まったり、ところ構わずペニスをむき出しにしたり、ペニスの隣でロザリオを掲げて祈りを捧げたりと、断片が集積された物語は至る所に飛び火します。一読で物語全体を俯瞰するのはまず不可能なので、一読めでまず濃厚な比喩や文体やユーモアを楽しみ、二読めで各章の概要を訳者の解説込みでようやく把握しました。エネルギーを搾り取られますが、その価値のある本です。

 

5、石が書く

 新訳版ですが、不勉強ながら2022年に初めて読んだのでランクインさせました。石をオブジェならぬ一つの宇宙とみなして石を愛した作者の散文と石の断面図が並べられた美しい本です。人工物が到底及ぶことのない精緻で深淵な美。