2021極私的回顧その26 SF(海外)
極私的回顧第26弾は海外SFについてのまとめです。作品によってはファンタジー・幻想文学など他ジャンルに配したものがあります。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい!』およびamazonほか各種レビューを参照しております。
2020極私的回顧その26 SF(海外) - otomeguの定点観測所(再開)
2019極私的回顧その26 SF(海外) - otomeguの定点観測所(再開)
2018極私的回顧その18 SF(海外) - otomeguの定点観測所(再開)
2017年極私的回顧その18 SF(海外) - otomeguの定点観測所(再開)
2016極私的回顧その18 SF(海外) - otomeguの定点観測所(再開)
【マイベスト5】
1、三体『死神永生』
ここ数年、毎年のように『三体』をランキングのトップにあげていますが、オールタイムベスト級の傑作シリーズの完結なので、仕方ないですね。当ブログでレビュー済みなので、再掲します。
まあ、一言で終わりです。人類と宇宙を紡ぐ稀有壮大なビジョンを奏でた世界SFの頂点の一つ。読者自身の知性を全開にして格闘してください。
1960年代の中国から走り出した物語は、人類と宇宙の進化と変容を描いた壮大なビジョンと思弁へとたどり着きました。大森望があとがきの中で光瀬龍、小松左京、グレッグ・イーガンと先行作品を並べていますが、劉慈欣は彼らを凌駕しました。21世紀現在、センス・オブ・ワンダーに満ちた最もSFらしいSFがここに存在します。
前作『黒暗森林』では太陽系レベルだったスケールが今作では全宇宙と全時間へと拡大しました。コアとなるアイデアは極めてシンプル。そこから真正面から思弁を広げて読者に知的格闘を挑んでくる劉慈欣の圧倒的な力量にただ恐れ入るばかり。壮大なビジョンと長大なボリュームながら、細部のタッチは緻密にして濃密。人類史と宇宙史を時間線を疾走するように物語を紡ぐスピード感。SFの先人たちに対する正しきリスペクト。SF者が有無を言わさず引き込まれてしまう物語であり、知性と想像力を全て動員して格闘する価値のある作品です。
前作『黒暗森林』は伏線の回収と結末に至る物語の収斂が非常に鮮やかで、劉慈欣の卓越した構成力にうならされたものです。ミステリならここで終わりでいいんですが、『三体』はあくまでSFです。しかも、あとがきからの引用になりますが、
「既存のSFファン以外の読者を取り込もうとするのは諦める」
「ハードコアのSFファンと自任する自分自身にとって心地よい“純粋な”SF小説を書くことにした」
ということなので、SFでしか成立しえない麻薬的な魅力を有する思弁と描写が果てしなく続いていきます。
極私的には英語版を既読でしたが、優れた邦訳のおかげで、英語版とは異なる位相の読書体験ができました。翻訳チームの皆さんにも大いなる敬意と感謝を捧げます。SF史に残る偉大な仕事だったと思います。
三体『死神永生』短評 - otomeguの定点観測所(再開)
2、宇宙の春
ケン・リュウの日本オリジナル短編集第4弾、今回も短編作家としてのケン・リュウの冴えが凝縮されています。極私的にはお勧めの短編は、日本の七三一部隊をテーマにした「歴史を終わらせた男―ドキュメンタリー」です。過去の映像を見ることのできる特殊な粒子によって歴史の真実を目撃した時、歴史認識や責任についていかに向かい合うべきなのか。作品で示されているのはシンプルな解です。歴史の歪曲を繰り返す日本の歴史修正主義者たちにはこの短編の精髄は理解できないでしょう。
3、サハリン島
核兵器の使用すら囁かれるロシアのウクライナ侵攻の報を受け、思わずこの作品を思い出してしまいました。北朝鮮から始まった世界規模の核戦争とパンデミックのため、世界がアポカリプスへと進む中、鎖国政策をとった日本だけが先進国として生き残った。そして日本の支配する異形の「サハリン島」が犯罪者の受け皿になっており・・・というのが、物語の導入。現代社会とも重なる緻密な世界観の小説ですが、重厚でグロテスクな前半からゾンビパニックものとして疾走する後半への展開も秀逸です。
4、海の鎖
1950年代から80年代にかけて発表された作品で編まれた短編集であり、古き良き(??)SFの姿を醸した作品が並びますが、思弁性・批評性の高さと外連味の強さはなかなかのものです。2044年に核兵器100年を記念して再び広島に核爆弾を投下しようとするオールディス「リトル・ボーイ再び」、エイリアンによって人類の文明が破滅に向かう過程を少年の視点からなぜか静謐に描く表題作ドゾワ「海の鎖」など、伊藤典夫推薦の曲者短編が並びます。極私的には、「時計師」以来、久しぶりにジョン・モレッシイの短編を読めたことが最大の収穫でした。
5、インヴィンシブル
『エデン』『ソラリス』に続く、レムのファーストコンタクトテーマの傑作です。優れたハードSFとしての骨格を基盤に、人類とは異質な知性を徹底的に異質なものとして描く筆致や、インヴィンシブル号の乗員が遭遇する『雲』の描写、余計な抒情を排することで工学的に鮮やかに立ち上がる惑星レギスⅢの都市の姿など、決して色褪せないレムの魅力を堪能しましょう。
【とりあえず2021年総括】
2020年に続き裏コメントなしで豊饒な1年でした。『三体』に代表される中国SFの活況、各国の多様なSFの紹介の継続、レムを筆頭としたクラシックの刊行など、バラエティも多彩。私好みの思弁性の高い作品が矢継ぎ早に刊行され、SFを読む知的快楽に浸り続けた1年となりました。この昂揚が2022も続いてくれることを祈ります。
やはりSFは知的快楽に優れた文学・文芸ジャンルであるべきで、SF的思弁は骨太な物語において展開されてこそ価値のあるもの。劉慈欣やケン・リュウやレムを読んだ後だと、企画ものに走ったり、安易に他ジャンルのアイコンを導入したり、SFプロトタイピングになびいたりする、国内SFの姿が物足りなく見えてしまいます。