otomeguの定点観測所(再開)

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三体『死神永生』短評

 昨晩のツイートで予告していた感想ですね。まあ、一言で終わりです。人類と宇宙を紡ぐ稀有壮大なビジョンを奏でた世界SFの頂点の一つ。読者自身の知性を全開にして格闘してください。ネタバレも含まれますので、この先は注意しながら読んでください。

  

三体Ⅲ 死神永生 上

三体Ⅲ 死神永生 上

 
三体Ⅲ 死神永生 下

三体Ⅲ 死神永生 下

 

  1960年代の中国から走り出した物語は、人類と宇宙の進化と変容を描いた壮大なビジョンと思弁へとたどり着きました。大森望があとがきの中で光瀬龍小松左京グレッグ・イーガンと先行作品を並べていますが、劉慈欣は彼らを凌駕しました。21世紀現在、センス・オブ・ワンダーに満ちた最もSFらしいSFがここに存在します。 

百億の昼と千億の夜 (ハヤカワ文庫JA)

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果しなき流れの果に (角川文庫)

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ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

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  前作『黒暗森林』では太陽系レベルだったスケールが今作では全宇宙と全時間へと拡大しました。コアとなるアイデアは極めてシンプル。そこから真正面から思弁を広げて読者に知的格闘を挑んでくる劉慈欣の圧倒的な力量にただ恐れ入るばかり。壮大なビジョンと長大なボリュームながら、細部のタッチは緻密にして濃密。人類史と宇宙史を時間線を疾走するように物語を紡ぐスピード感。SFの先人たちに対する正しきリスペクト。SF者が有無を言わさず引き込まれてしまう物語であり、知性と想像力を全て動員して格闘する価値のある作品です。

 前作『黒暗森林』は伏線の回収と結末に至る物語の収斂が非常に鮮やかで、劉慈欣の卓越した構成力にうならされたものです。ミステリならここで終わりでいいんですが、『三体』はあくまでSFです。しかも、あとがきからの引用になりますが、

「既存のSFファン以外の読者を取り込もうとするのは諦める」

「ハードコアのSFファンと自任する自分自身にとって心地よい“純粋な”SF小説を書くことにした」

  ということなので、SFでしか成立しえない麻薬的な魅力を有する思弁と描写が果てしなく続いていきます。

 ツイートでも書いた通り極私的には英語版を既読でしたが、優れた邦訳のおかげで、英語版とは異なる位相の読書体験ができました。翻訳チームの皆さんにも大いなる敬意と感謝を捧げます。SF史に残る偉大な仕事だったと思います。

 これで三部作は完結しましたが、まだデザートが残っています。これはいつ邦訳されるのでしょうか? 

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