otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2017年極私的回顧その18 SF(海外)

 極私的回顧は一応ここからが本丸のつもりです。今回は海外SFについてまとめていきます。作品によってはファンタジー・幻想文学・ミステリなど他ジャンルに配したものもございます。なお、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい!』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 

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【マイベスト5】

SFが読みたい!2018年版

SFが読みたい!2018年版

 

 

1、ブルー・マーズ 

ブルー・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

ブルー・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

 
ブルー・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

ブルー・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

 
グリーン・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

グリーン・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

 
グリーン・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

グリーン・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

 

 

レッド・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

レッド・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

 
レッド・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

レッド・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

 

  『グリーン・マーズ』から16年。待ちに待ちに待ちに待った翻訳がついに刊行されました。出版されたこと自体が事件です。独立後の火星の政治・経済システムが構築され、各世代が対立しつつも人類が一体となって太陽系全域へと版図を拡げていく壮大な歴史絵巻です。世代間の対立が起き、記憶システムや両性具有など人類の生物学・社会学的改変が行われて身体・精神・ジェンダーなど多岐に渡る変容が置き、太陽系を包含する新たな哲学が編まれ、それでもなお外部太陽系を向いて進む人類。実存の暗がりが色濃く翳を落とし、科学技術的・社会的諸問題が様々に発生しながらも、未来への賛歌に溢れた物語。なんと蠱惑的な未来史なのでしょう。緻密な科学考証と練り上げられたプロットと膨大なアイデアと美しい描写の凝縮とSF的感覚の生々しさと・・・全てのページにとてつもない熱量が溢れ、傑作として昇華しました。これぞ火星SFの最高峰。火星、火星、火星、火星、火星。

 

2、〈J・G・バラード短編全集〉 

  ディレイニー、ワトスン、ステープルドンなど、極私的に麻薬的魅力を感じるSF作家は数々いますが、もちろんバラードもその1人です。後の思弁小説(スペキュレイティブ・フィクション)や濃縮小説(コンデンス・ノベル)へとつながる前衛と思弁と思考実験の乱れ打ち、心地よい内宇宙への沈潜。そして終末に顕現する外宇宙との調和。バラード作品はやはり甘美です。短編を追うことでバラードの作家性の変容を味わうという贅沢を貪りながら、短編の1つ1つをじっくりとしゃぶり尽くしましょう。

 

3、主の変容病院・挑発 

主の変容病院・挑発 (スタニスワフ・レムコレクション)

主の変容病院・挑発 (スタニスワフ・レムコレクション)

 

  〈スタニスワフ・レム・コレクション〉が遂に完結。英米の凡百のSF作家どもの低次元の戯けた思弁に飽きた向きは、襞の厚く深いレムの思弁を「挑発」「二一世紀叢書」で味わうのが吉です。でも、今回はホロコーストを背景に人間精神の変容について掘り下げた「主の変容病院」を読み、レムの透徹したリアリズムと怜悧ですが人間味あふれた歴史へのまなざしを味わうのが良いでしょう。生涯を通じてクラクフの賢人の心にホロコーストが翳を落としていた、というのはやや意外でしたが。

 

4、ソヴィエト・ファンタスチカの歴史 

ソヴィエト・ファンタスチカの歴史 (世界浪曼派)

ソヴィエト・ファンタスチカの歴史 (世界浪曼派)

  • 作者: ルスタム・スヴャトスラーヴォヴィチカーツ,ロマンアルビトマン,Roman Arbitman,梅村博昭
  • 出版社/メーカー: 共和国
  • 発売日: 2017/06/09
  • メディア: 単行本
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 実在の人物のありもしないエピソードや著作を並べたてた、偽史にしてメタフィクションの極北の一つであり傑作です。当ブログですでにレビュー済みなので、再掲します。

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 いやあ、面白かったですね。文学史・歴史の体裁をとったメタフィクション的な偽書で完成度が非常に高いです。知らない作家・作品がどかどか出てきて、名前を追っていくだけでもSFファンとしては実に楽しいものです。赤色に鎌とハンマーをあしらった、適度にふざけた装丁の表紙も素晴らしいです。何より、これだけの密度の書籍を翻訳した労に最大の敬意を払わなければなりません。
 私はロシア・ソ連・東欧は専門外なので、書誌的な論評はできませんし、事実と虚構との判断も曖昧です。しかし、私が理解できる範囲だけでも、ウェルズがソ連で大演説をかましたり、プラチェットが偽の書評を書いていたり、プラハの春アポロ計画に絡む原因で起きたことにされていたりなど、入念に作り込まれた嘘が各所にばらまかれていて、偽史を存分に味わうことができます。あまりにも作り込まれているため、この本に書かれていることを事実だと勘違いして著作に引用してしまった学者もいるそうです。なんという羞恥プレイ。いや、ご褒美か。
 何といっても一番の大嘘は、ソ連の思想的骨子であった科学的社会主義なるリアリズムをファンタスチカの科学的空想力にすり替えて、政治史・文学史を変奏したことでしょう。社会主義の血脈にはSFが脈々と流れており、スターリンもフルシチョフもブレジネフもSFファンだったということになっています。もしこれが事実だったら、世界の歴史はもう少しまともなものになっていたでしょう。
 現在、ポスト・トゥルースとかオルタナ・ファクトとかほざいて、知的レベルの低い連中による稚拙な歴史改変・事実改変・居直りが世界中に跋扈しています。この本はそういった反知性主義者たちに対する強烈なアンチテーゼでもあるのでしょう。偽史を騙るなら徹底的にやって、真実と虚構の境を取っ払い、正史を陵駕する位相まで高めてみろということです。
 史書としての精巧さ・歴史改変の愉楽・健全な批評精神・創作の冒険・メタフィクション入れ子仕掛け・政治に対する揶揄・ジャンル文学への敬意など、様々な要素が高次に絡み合った作品であり、SF・幻想文学のジャンルにおいて間違いなく今年のベスト5に入る傑作だと思います。

 

5、スチーム・ガール 

スチーム・ガール (創元SF文庫)

スチーム・ガール (創元SF文庫)

 

 黒人奴隷のいる世界で差別の問題が描かれており、多人種・多文化が坩堝となったかつてのアメリカを想起させる社会性もありますが、そんなものはどうでもいいです。この作品の本質は、スチームパンクの衣をまとった正調の百合SFです。少女たちの百合ん百合んしたかぐわしい姿態を愉しむのが正道です。性的描写がほとんどないのにLGBT要素をふんだんにまとった物語が素敵。甘酸っぱさと瑞々しさと適度な変態性を摂取して、お腹いっぱいになりましょう。

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これぞ腐の英霊

 

【2017年とりあえず総括】

 2017年の特徴としては、まず、シリーズの完結編がいくつか出たことが挙げられるでしょう。中でも『ブルー・マーズ』は長年待ち望んだ刊行だったので、問答無用の1位にしてしまいました。他にも〈レム・コレクション〉〈人類補完機構〉〈ジャック・ヴァンス・トレジャリー〉と傑作シリーズの完結が相次ぎ、ある意味で区切りの年だったといえるでしょう。 

スペース・オペラ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)

スペース・オペラ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)

 
宇宙探偵マグナス・リドルフ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)

宇宙探偵マグナス・リドルフ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)

 

  全体の作柄は極めて豊穣でした。ベスト5についてはかなり悩みましたが、 『ブルー・マーズ』を筆頭に思弁性の高い作品を並べ、百合を一輪添えたら、全て埋まってしまいました。できる限り他ジャンルに散らして救済を図りましたが、それでも多数の作品がランク外にこぼれ落ちる結果になりました。ネオ・クラシックだけ見ても、ウルフもベイリーエリスンもヤングも圏外に漏れてしまいました。いずれもベスト5に入っておかしくない作品なですけどねえ。10年代に入って続いている活況、SFの夏は2017年もいまだ健在だった、ということにしておきましょう。 

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 
時をとめた少女 (ハヤカワ文庫SF)

時をとめた少女 (ハヤカワ文庫SF)

 

【追記】すっかり遅くなってしまいましたが、謹んで哀悼の意を捧げます。 

闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))

闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))

 
地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)

地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)

 
隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)

隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)

 

 

  昨年も同じことを書いた気がしますが、現代の作家の翻訳紹介が低調だったわけではありません。ケン・リュウ、イーガン、ワッツ、アッカド、ラメズ・ナムなど10年代の実力ある作家たちが数々紹介され、佳作・良作がいくつもありました。また、アジアSFでも収穫作がありましたし、〈ローダン〉のリブートも始まりましたし、現代SFについてのトピックもふんだんにあり、こちらの作柄も非常に良かったと思います。

隣接界 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

隣接界 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 
無限の書 (創元海外SF叢書)

無限の書 (創元海外SF叢書)

 
火の書

火の書

 

  『隣接界』『無限の書』『火の書』など怪奇幻想系の作品は何とか他ジャンルに送って救済できましたが、ストレートなSF作品は救済できませんでした。自分で言うのもなんですが、ベスト5にイーガンやケン・リュウが入らない意味が分からん。それだけ傑作が多く、豊作の年だったということにしておきましょう。 

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 
エコープラクシア 反響動作〈上〉 (創元SF文庫)

エコープラクシア 反響動作〈上〉 (創元SF文庫)

 
エコープラクシア 反響動作〈下〉 (創元SF文庫)

エコープラクシア 反響動作〈下〉 (創元SF文庫)

 
アロウズ・オブ・タイム (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

アロウズ・オブ・タイム (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 
わたしの本当の子どもたち (創元SF文庫)

わたしの本当の子どもたち (創元SF文庫)

 
巨神計画〈上〉 (創元SF文庫)

巨神計画〈上〉 (創元SF文庫)

 
巨神計画〈下〉 (創元SF文庫)

巨神計画〈下〉 (創元SF文庫)

 
アメリカン・ウォー(下) (新潮文庫)

アメリカン・ウォー(下) (新潮文庫)

 
アメリカン・ウォー(上) (新潮文庫)

アメリカン・ウォー(上) (新潮文庫)

 
ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)

ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)

 
ネクサス(下) (ハヤカワ文庫SF)

ネクサス(下) (ハヤカワ文庫SF)

 
ピンポン (エクス・リブリス)

ピンポン (エクス・リブリス)

 
スターダスト (ローダンNEO 1)

スターダスト (ローダンNEO 1)

 

 ・・・と、表面的な論評は置いといて、そろそろ本音というか文句を書いておきましょう。10年代の作家たちももちろんエンタテインメントとしては良質ですよ。でも、バラードやレムの思弁の質量、『ブルー・マーズ』の圧倒的質量に比肩できる作品はなかったと思います。さすがにイーガンは別格ですが。ケン・リュウもまだ発展途上じゃないかと感じました。(イーガンとケン・リュウ以外で)上に挙げたSF作品たちをミステリなど他ジャンルの小説と混交して、純粋にエンタテイメント小説としての強度・完成度で比較すると、比較に堪えられるのはウォルトンとパク・ミンギュくらいじゃないですかね。あとは物語としては凡百という評価になる気がします。SFとして光る要素があったとしても、小説として完成度の高くない作品をもっとバッサリやってもいいんじゃないでしょうか。おためごかしはいらん。ボロクソやれ。今年の『SFが読みたい!』を読んでいて、沸々とそんな思いが湧き上がってしまいました。乱文陳謝。