映画『海獣の子供』短評
当ブログ恒例の毎度毎度の遅ればせですが、先月公開された劇場版アニメ『海獣の子供』のレビューを挙げてみたいと思います。なお、テキスト作成の際に劇場版パンフの添野知生さんのレビューおよびWEB上の複数のレビューを参考にしております。
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なんぼでも貼れますが、とりあえずこんなもので。
映画の軸となっているストーリーは、あくまで主人公・琉花の成長物語でありビルドゥングスロマンであり、ひと夏のガール・ミーツ・ボーイです。盛大な「祭り」の後、琉花が学校生活へと回帰し、映画のラストシーンを妹の出産にすることで、壮大な宇宙論を奏でるだけでなくきちんと日常に着地した作品になりました。また、長大な原作を少女視点から大胆にカットして2時間の尺に収めたため、原作にあった大人の凄惨な対立や残酷な描写が軒並み削ぎ落されました。原作を読んだ人間としては食い足りなさも覚えましたが、映画単体として評するなら、「祭り」の神学と琉花の日常がうまく対置され、人間と自然の関係が無理なくサブテーマとして織り込まれて、程よいバランスのジュヴナイル・ムービーになったと思います。
しかし、何といっても感嘆すべきはやはり大いなる「誕生祭」のクライマックスでしょう。「宇宙とは何か」「生命とは何か」「世界とは何か」「神とは何か」「存在とは何か」といった、原作の「祭り」が追求した根本問題的なテーマを、アニメーション作品の映像表現としては恐らく史上初めて真正面から描き切った、稀有壮大な作品になりました。原作の「祭り」の描写は細い線で細密にかき込まれた抽象画のようなものですが、その絵を映像で巧みに動かすことで、映画における「祭り」の描写は、シュタイナーの黒板絵、神智学的宇宙の幻視を想起させるかのごとき、深遠で英知に満ちた映像表現になりました。盛大な「祭り」の表現は、根本問題的な表現について最後の最後で環境映像的な静止画に逃避した『ハーモニー』(作品としての均衡を考えると仕方なかったところはあると思いますし、あのモノリスをどうやって映像化するのか苦心したというのは分かりますし、映画として十分価値の高い作品だったと思いますが)のリベンジをSTUDIO 4℃が果たした、という言い方もできるでしょう。『海獣の子供』は、私がこれまでに観てきた劇場版アニメーションの中で間違いなく最高の作品です。
STUDIO4℃のC子 (C-ko) (@STUDIO4C) | Twitter
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神秘に満ちたシュタイナーの黒板絵 | 明石雅弘のブログ ・ 建築家の千紫万紅
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WEB上では賛否が分かれているようですが、製作サイドからのコメントを除いて、この映画を的確に理解しているレビューは1つもなかったと思います。「難しい」「理解できない」といった感想が多かったですが、きちんとSF・幻想文学の先行作品を読みましょう。また、「誕生祭」を「哲学」「思想」と誤記しているレビューも多かったですが、「祭り」で表現されているのは「哲学」「思想」ではなく「神学」です。
劇場版パンフの添野知生のレビューが、現在、私が目を通した中では恐らく最も的を射ているレビューです。原作も劇場版も、根本問題を扱って壮大な神学的描写を行うSF・幻想文学の系譜に組み込まれるべきものです。SF・幻想文学の先行作品に対する理解や、神学ないし神智学的なイマージュに対する理解がなければ、「誕生祭」の描写を正しく解することはできないでしょう。添野知生は後述するパンスペルミアとも絡めて、『最後にして最初の人類』〈レンズマン〉『盗まれた街』『コスミック・レイプ』と、SF・幻想文学の先行作品を挙げていましたが、この中で『海獣の子供』(もっというなら「誕生祭」)のイマージュに最も近い先行作品は『最後にして最初の人類』でしょう。
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コスミック・レイプはタイトルのせいかamazonではなぜかアダルトのカテゴリーに入っています。即時修正を希います。
その他、根本問題的なテーマを扱ったSF・幻想文学の先行作品として、『虎よ、虎よ!』『幼年期の終わり』〈黒き流れ〉『果しなき流れの果に』『百億の昼と千億の夜』あたりを挙げておけば、『海獣の子供』が属する系譜についてとりあえずマッピングできるでしょう(SFサイドからいろいろ反論を食らいそうですが)。極私的には、少女の成長・冒険物語と形而上学的テーマを鮮やかに融合させたという点で、〈黒き流れ〉が『海獣の子供』のテイストに最も近い作品だと思います。ただし、両者はテーマも舞台も大きく異なりますし、『存在の書』におけるイアン・ワトスンの疾駆を受け止めきれる読み手は多くないと思うので、お勧めするには躊躇がありますが。
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さて、劇場版パンフのテキストにもあったパンスペルミアにいきましょう。前回のウイロイドのテキストで、生命の起源とされる「RNAワールド」「プロテインワールド」に触れましたが、この二者は生命がそれぞれの惑星や衛星で発生したという説です。それに対し、パンスペルミアは、生命現象について宇宙における一定の普遍性を認め、生命の原料となる有機物やあるいは生物体そのものが隕石や彗星などによって惑星間を移動するという説です。提唱された当時はトンデモ扱いだったようですが、現在では生命発生の仮説の一つとしてきちんと検証されています。しかし、極私的には賛同しかねる部分が多いです。
リソパンスペルミア説:地球の生命が宇宙の彼方からやってきたという新たなる証拠が発見される(ロシア研究) : カラパイア
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geochemproc/64/0/64_160/_pdf/-char/ja
生命の起源を宇宙に求めて―パンスペルミアの方舟 (DOJIN選書36)
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「祭り」のクライマックスで海から宇宙に向かって光の柱が立ち昇り、無数の生命の種あるいは生命そのものあるいは小宇宙が放出されていくシーンは、「海のある星は子宮」だとするなら地球から宇宙に向けて産卵=出産が行われているシーンであり、地球を中間宿主として生命が宇宙にさらに拡散していくことを示す壮大なシーンである、ということになります。海と空は産卵=出産を滞りなく執り行うための触媒であり、琉花はその立会人として地球=海=子宮に選ばれたのです。「祭り」が提示するビジョンは神学的(=神智学的)なものですが、作品の底流にあるのはあくまで科学的思考です。しかし、原作にあったパンスペルミアなどの科学的説明がほとんどカットされ、映画における「祭り」の科学的定立は意図的に宙づりにされた感があります。また、作品中でデデやアングラードがつぶやく「宇宙は人間に似ている」「海のある星は子宮」といった「祭り」についてのキーワードが神秘的・魔術的な表徴を帯びて散種されているため、また、脚本がどちらかといえば児童文学寄りのファンタジーの文法に則って展開されているため、作品の背景を神秘的・魔術的(=神智学的)なものであるとミスリードする効果が得られました。さらに、長大な原作を現在視点から刈り込み、過去の出来事を「海にまつわる証言」として巧妙に映画内に配置することで、「祭り」の神秘性・魔術性をより際立たせる効果も得られました。これらを難解や説明不足なものだと感じるか、神学的=神智学的な幻視として楽しむかで、この映画に対する評価や感想は大きく分かれるでしょう。極私的には、やはり幻想の徒として幻視を愉しむ方をとりたいところです。