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少女少年シリーズ~ドーリィ♪カノン~完結

 いつものやや遅ればせながらですが、今月、第10巻が発売されて、やぶうち優の『ドーリィ♪カノン』が無事完結しました。1997年から続いてきた〈少女少年〉シリーズが、足かけ20年をかけて一区切りつくことになりました。今回はコミックのネタバレを含むテキストになりますので、ご注意ください。

 【ドーリィ♪カノン10巻】 

ドーリィ♪カノン 10 (ちゃおコミックス)

ドーリィ♪カノン 10 (ちゃおコミックス)

 

  まずは無事終わってよかったです。10巻というのは、やぶうち優の中では一番巻数の多かった連載だそうです。やぶうち先生、どうもお疲れ様でした。

 『ドーリィ♪カノン』は、主人公の1人・奥田奏四が男の娘アイドル「カノン」としてWEB上から芸能界へと羽ばたいていくストーリー。そしてもう1人の主人公・宍戸心音が、「カノン」を支える立場からだんだん成長していって、やはりアイドルとして羽ばたいていくストーリー。

 ただし、あくまで男の子が女の子の服を着てボーイソプラノで歌って男の娘アイドルとして活動するというだけで、それ以上に性差を融解させるような描写はありません。ジェンダー攪乱的・トランスジェンダー的な要素は、この作品のメインテーマではありません。男の子としての奏四・女の子としての心音が、アイドル活動を通じてお互いの絆を深めながら飛躍していく、少女マンガとしての王道的な二人の恋愛と成長こそがメインテーマです。やぶうち優は二人の少年・少女の物語を真正面から描き切りました。直球と熱血の作品だからこそ面白かったんだと思います。

 10巻はハッピーエンドでした。オビに「夢も、恋も、全部かなえた」と書かれているとおり、二人の恋愛も、心音のアイドル活動も、ともに大団円で終わりました。奏四の声変わりで終わりを告げた「カノン」も3Dボーカロイドとして復活して、主人公二人の願いがすべてかなった結末になりました。1巻が着せ替え人形で遊んでいるような話だったことを考えると、大分話が膨らみましたが、しっかり結末はまとまりました。やぶうち優ストーリーテリングの力が光った作品でもあったと思います。

 

少女少年シリーズ】

 『ドーリィ♪カノン』の原型となった〈少女少年〉シリーズは、1997~2005年まで今はなき《小学五年生》《小学六年生》の学年誌に連載されていたシリーズでした。男の子が女装して芸能活動をするという『ドーリィ♪カノン』と同じフォーマットで、学年誌のため1年完結で物語が展開されていました。学年誌での連載終了後、《ちゃおDX》の読み切りシリーズとして『〜少女少年〜 GO! GO! ICHIGO』が描かれました。

 〈少女少年〉開始当時、すでに男の娘というアイコンは存在しましたし、性的要素や倒錯的要素を含む作品を子供向けの媒体で掲載することについては、現在より規制の緩い時代でした。しかし、学年誌に男の娘ものが登場したことはなかなか衝撃で、私のまわりのおおきなおともだちが鋭く反応していた記憶があります。私も毎月《小学六年生》を買っていました。

 シリーズの中には多少倒錯的な要素を含んだり、重いテーマの作品もあったりしますが、やぶうち優のポップな絵柄とストーリーが、シリーズ全体をカラフルな光で包み込んでいました。だから子供たちにも受け入れられたのでしょう。

少女少年 - Wikipedia

少女少年とは (ショウジョショウネンとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

 では、〈少女少年〉各巻を簡単にレビューしてみたいと思います。

 

少女少年I -MIZUKI-』 

  記念すべきシリーズ第1作。男の子が女装してアイドル活動をするという、〈少女少年〉のフォーマットを作った作品です。第1作ということもあり、主人公・水城晶が女装してボーイソプラノで歌ってアイドル活動をするというだけの作品で、ジェンダー要素は極めてシンプル。アイドル活動以外は普通の男の子ですし、晶をめぐる女の子たちの恋愛要素もありますし。晶が男の子だと発覚する場面は、晶がスカートとパンツを下ろされ、股間にモザイクがかかるというなかなか衝撃的なものでした。

 

少女少年II -KAZUKI-』 

  シリーズの中でドラマ性が最も高く、個人的には一番好きな作品です。主人公・星河一葵が自分の本当の母親である女優・大空遥に自分の存在を認めさせるため、女装して女優として活動するという物語。すれ違う親子の関係を描いたテーマ性の高い作品で、カタルシスの強さが印象的でした。一葵はウィッグをかぶらなくても女の子に見えるという設定で、ナチュラルな外見のまま女優活動を行い、スカートをはいて学校に通います。ジェンダーアイデンティティは男の子のまま女の子の日常生活・コミュニティに突っ込んでいったので、ブラや月経の話で混乱をきたすなど、コミカルな場面がいくつかありました。また、男の娘の一葵が女優として「主役の少年と少女の心が入れ替わった」、つまり「体は女で心は男の役」をやるという、ジェンダーを転倒させた展開もありました。この作品の後、〈少女少年〉でジェンダー差延を使った演出が見られるようになります。

 

少女少年III -YUZUKI-』 

  瀬戸内海の島で育った田舎の少年・橘柚季が、兄たちのいたずらで女としてオーディションを受けさせられ、そのまま女の子としてアイドル活動をするという物語。Ⅱと同じくナチュラルで女の子に見える男の娘です。グループを組む女の子2人と同居するという展開のため、前作よりも状況がエスカレート。柚季が女ものの下着を着けたり、月経について相談を受けたりするなど、柚季のいたいけなジェンダーを揺さぶる演出がいろいろと見られました。前2作と異なり、柚季が男の子であることは最後まで世間にばれませんでした。

 

少女少年IV -TSUGUMI-』 

  主人公・白原允が女装してアイドル活動をするという前3作と同じフォーマットです。しかし、允は、女装してハンバーガーショップでサービスしてもらったり、男の子から見たかわいい女の子をわざと演じたりするなど、前3作の主人公に比べて女装を打算的に利用するあざとさを持っています。その一方で、恋愛に不器用なところ、チョコのおまけシールに無邪気に反応するところなど、小学生男子らしい等身大な部分も持っています。前3作に比べると男子の読者からの反響が大きかったそうですが、男の子にとって允のキャラが感情移入しやすかったのだと思います。また、月経や、ブラなどの女の子の下着といった、男子の読者が食いつきにくいネタが出てこなかったのも、男の子にとって読みやすかった理由の一つでしょう。

 

 少女少年V -MINORI-』 

  主人公・蒔田稔が、親の都合で強制的に芸能界デビューさせられそうになった幼馴染・植原茜をサポートするため、女装して女の子のユニットとして芸能活動を始めるという物語。女装こそしていますが、稔の行動は一貫して女の子を守るナイトのようなものであり、稔と茜の関係は次第に恋人同士へと発展していきます。また、稔も茜も親の都合で振り回されていて、複雑な親子関係や子供が親に反抗することなどを描いた、シリーズで最も重いテーマを扱った作品でもあります。離婚しようとする両親に対して稔が「父さんと母さん、両方と一緒に暮らしたい!」と訴える場面は、シリーズ屈指の名シーンだと思います。

 

少女少年VI -NOZOMI-』 

 主人公・谷川光がアイドル・青葉のぞみとうり二つの顔で、ひょんなことから光がのぞみの代役を務めることになるという物語。前作までと違い、主人公が芸能界デビューせず、代役に徹しています。この作品から連載が《六年生》から《五年生》に移動しました。そのため、前作までに比べてドラマ性が弱くなり、コメディタッチで分かりやすい物語になっています。しかし一方、月経やらブラのパッドやら、男の子のジェンダーをくすぐる要素は復活。また、男の子のアイドル・浅間時矢がのぞみの代役・光を好きになり、さらには光が男の子と分かってからもアタックしてくるという、ショタ同士の絡みもあり、ジェンダー攪乱的には捻りのきいた作品です。

 

少女少年VII -CHIAKI-』 

  学年誌連載としてはシリーズ最後の作品。《五年生》に連載されていましたが、『Ⅱ』と並んで非常にドラマ性の高い作品です。主人公・十河太一がそのボーイソプラノを見出されて声優・万丈千明としてデビューし、その活動の場を声優からラジオのパーソナリティ、舞台などへと拡げていくという物語。連載期間は1年でしたが、主人公たちの小5から中1までの期間が描かれていて、子供たちの精神的成長について最も力を入れて描かれている作品です。また、失語症について取り上げながら、子供のメンタルについてかなり掘り下げた描写をした作品でもあります。

 

『〜少女少年〜 GO! GO! ICHIGO』 

  学年誌での連載が終了した後、《ちゃおDX》に連作の読み切りで掲載されていた作品です。主人公たちの芸能活動はなく、学校や日常が舞台です。主人公・宮坂杏は女の子で、シリーズを通じて唯一女の子の視点で描かれた物語です。杏の幼馴染・章姫一期(いちご)は、身体は男の子ですが女装していてジェンダーアイデンティティは女の子。周囲からも女の子として扱われていて、立ち位置としては『プリパラ』のレオナに近いキャラです。

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トランスジェンダーに理由は必要ないし「本当の性別」は存在しない:佐倉智美のジェンダーあるある研究ノート:So-netブログ

レオナ・ウェスト (れおなうぇすと)とは【ピクシブ百科事典】

 ジェンダー攪乱的には複雑に倒錯しています。杏は男の娘と分かっているけどいちごが好きだし、いちごは男の娘だけど杏の兄・宮坂太陽が好きだし、杏といちごの幼馴染・弓月梨乃はいちごのことを男の子だと知ったうえで杏といちごの両方を好きになってしまうし、と恋愛関係が乱れまくりです。さらに、お正月に4歳のマセガキがいちごの振袖の中に侵入して股間の異物を見てしまうシーンとか、宿泊学習で杏といちごが二人きりで入浴するシーンとか、いちごが女の子の格好で男子トイレでおしっこをするシーンとか、危険なシーンがあちこちに散種されています。最後には杏といちごが恋人同士になりますが、はたから見ると百合ん百合んな小学生にしか見えないし。学年誌を離れて制約が緩くなったのか、やぶうち優が自由自在に描いたという印象です。

 この作品の後、やぶうち優は〈少女少年〉から離れて学年誌に戻り、性教育コミック〈ないしょのつぼみ〉を連載していきます。〈ないつぼ〉は、ある意味で〈少女少年〉以上におおきなおともだちの琴線というか欲望を刺激してしまうわけですが。

 

【関連リンク】

やぶうち優公式サイト「Utopia」

やぶうち優(@Utopia_SM)さん | Twitter

やぶうち優のハジさらしな日記