otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2016極私的回顧その23 ホラー・怪奇

 極私的回顧23弾はホラー・怪奇。いよいよラスト前です。読んだ作品数が少ないので、内外の作品を混ぜて配しております。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 【マイベスト5】 

SFが読みたい! 2017年版

SFが読みたい! 2017年版

 

 

1、吸血鬼 

吸血鬼

吸血鬼

 

 美しく官能的な文体が19世紀中欧の雰囲気を巧みに演出していて、ヨーロッパの古き良き怪奇幻想を味わっているかのような錯覚に陥る作品です。前半は官僚小説であり、村の因襲と官僚機構のぶつかり合い、および人間の醜さが主旋律です。静謐な物語でありながら、一枚皮をめくると滑稽で不条理な人間の本性が沸き立っています。後半では物語に不気味な影が下りてきて、背景から吸血鬼の姿が浮かび上がり、怪奇幻想としての体をなします。現代の洗練された吸血鬼ではなく、伝承に根を下ろした土着の吸血鬼の姿は独特の魅力を有しています。

 

2、人形つくり  

人形つくり (ドーキー・アーカイヴ)

人形つくり (ドーキー・アーカイヴ)

 

 古の超自然が人間をからめとるという、古典的なコズミック・ホラーの短編が二本収録されています。主人公たちが自ら超自然に没入しようとする異常心理も、サスペンスとして十分に面白いものです。しかし、この作品の最大の肝はその文体の美しさでしょう。本来、ホラー・怪奇小説とは、文章そのものから恐怖が湧き上がってくるものであり、読者がその恐怖に身を委ねて愉しむべきものです。『人形つくり』は文章自体から古き良き恐怖を漂わせる、希少な正統派の怪奇小説だといえるでしょう。

 

3、狂気の巡礼 

狂気の巡礼

狂気の巡礼

 

 「ポーランドのポー/ラヴクラフト」と呼ばれるステファン・グラビンスキ。その二つ名(??) に恥じない傑作短編集です。各短編とも精神病的な妄執とねじれた論理、そして鬱病のような閉塞感によって構成されており、様々な幻視と奇形がばらまかれています。怪異が登場人物の内面から発生し、人間の内なる超越を表現しようとするのがグラビンスキです。特に後半のキレている短編群は、読者を心地よい精神病的な異界へと誘ってくれるでしょう。

 

4、ずうのめ人形 

ずうのめ人形

ずうのめ人形

 

  2015年度・ホラー小説大賞受賞作家の第二作です。家族や日常を恐怖の源泉とする手法は『ぼぎわん』と共通です。主人公のもとを人形が訪れ、呪いを増殖させて伝播させていきますが、人形を都市伝説に変異させるためのアイデアがなかなか秀逸です。間前作に負けない水準の作品であり、今後、日本のホラーを引っ張ってほしい作家だと思います。 

ぼぎわんが、来る

ぼぎわんが、来る

 

 

 

5、ジグソーマン  

ジグソーマン (扶桑社ミステリー)

ジグソーマン (扶桑社ミステリー)

 

  典型的なフランケンシュタインものです。人間を解体してそのパーツから異形を造り出そうとする、狂った医者が主人公です。しかし、異形が創造される様よりも、主人公の人間性が解体されて怪物化する様のほうが見どころです。作品全体が意図的にB級のパルプ風味で味付けされているので、チープさを好むか好まないかで、この作品に対する評価はかなり変わると思います。

 

【2016年とりあえず総括】

 まず、海外ホラーですが、10年代の豊作の流れは2016年も続きました。SFやミステリなどと同じくクラシックやネオ・クラシックの発掘の動きが活発で、他ジャンルからの越境も多く見られました。また、例年通りモダン・ホラーの長編も何冊か刊行されましたし、扶桑社文庫中心にB級ホラーもいくつか出ていました。2017年もこのままいってもらいたいものです。

 国内ホラーも良好な作柄でした。日本ホラー小説大賞組を中心とする作家たちが順当に活躍し、海外ホラーと同じく他ジャンルからの越境者も見られました。また、怪談、怪異研究、キャラクターものといったサブジャンルも元気でした。ここ数年の安定状況が2016年も続いたようです。

 しかし、2016年は内外ともに大作が不在で、物足りなさも覚えました。できれば2017年は、ジャンル・ホラーが引き続き安定してくれるとともに、国内作家のホラー大作の登場を見てみたいものです。