『遊王 徳川家斉』感想
今回のレビューは子沢山・放蕩の将軍と揶揄されがちな徳川家斉についての、先月出た文春新書です。
時代劇では悪役あるいは愚かな将軍とされ、悪評がついて回る徳川家斉ですが、この本ではそんな彼を名君としてとらえ直し、文化政策や人柄などの面に焦点を当てています。将軍の最大の役割はあくまで徳川の血脈を残すことであり、その点において家斉は多大な仕事をしたと評価できます。自分より優秀な部下には無用な干渉をせずに適度に仕事を任せており、最後に一応の責任はとるというリーダーの役割は行っていました。人望や権威もあったのだそうです。放蕩三昧・贅沢三昧のイメージについてですが、商品経済が発達して文化が爛熟していた江戸後期は、武家も町人も併せて社会全体がある種の退廃にあったので、家斉だけが馬鹿なことをしていたとはいえません。江戸幕府の終わりが近づいて封建制度そのものがすでに限界を迎えつつあったため、政治的にも経済的にもできる政策には限りがありました。
学術書ではないですが、歴史の視座を変えてみることの面白さが分かる好著。全体に読みやすく、心あたたまるエピソードも入っていて、類型とは別の家斉像が楽しめます。