otomeguの定点観測所(再開)

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2021極私的回顧その14 歴史・時代(書籍)

 文庫に続いて、歴史小説・時代小説の書籍についてのまとめです。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。

2020極私的回顧その14 歴史・時代(書籍) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2019極私的回顧その14 歴史・時代(書籍) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2018極私的回顧その8 歴史・時代(書籍) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2017年極私的回顧その8 歴史・時代(書籍) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2016年極私的回顧その8 歴史・時代(書籍) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

【マイベスト5】

1、黒牢城

 ミステリの各種ランキングを席巻した話題作ですが、ミステリの項に空きを作るため、当ブログでは歴史・時代に回しました。荒木村重黒田官兵衛を主人公にして、政治的な駆け引きが軸としてミステリのプロットが組み立てられています。探偵役の官兵衛が権力者・村重と命がけのやりとりを行いながら、村重も読者もうまく術中にはめていくところがミステリとして秀逸。そして戦を続ける村重の本心が明らかになり、信長との絡みで歴史小説として大きな転回を見せます。ミステリとしても歴史小説としてもいハイレベルな本作を、2021年の1位に推します。

 

2、月と日の后

 藤原彰子の生涯を、平安の朝廷の優雅にしておどろおどろしい歴史と人物を俯瞰するように描いた歴史小説。入内したときはわずか12歳で幼すぎ、女御の役割を果たせずに苦悩した彰子が、夫・一条天皇の遺志を継ぎ、道長や頼通など時の権力者たちに抗いながら、「子供を守る母」から「国母」へと大きくなっていく様が逞しいです。周りの男どもがスケールの小さな陰謀や権力争いに終始し、時に怨霊も跋扈する、魑魅魍魎ぞろいの平安朝。ぶれることなく戦い続けた、一人の女性の強さがすがすがしく描かれた傑作です。

 

3、日蓮

日蓮

日蓮

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 当ブログでレビュー済みの作品なので、再掲します。

 『ナポレオン』『オクシタニア』『カルチェ・ラタン』など佐藤賢一といえばヨーロッパの歴史小説という印象が強いですが、最新刊は鎌倉仏教最大・最強の「キャラクター」、日蓮を描いた作品となりました。

 鼻っ柱が強く、跳ねっかえりの剣豪・日蓮。何を言っとるんだと思われるかもしれませんが、日蓮VS他宗派の論争をチャンバラに見立てて、日蓮の切っては捨て・切っては捨ての八面六臂(七転八倒??)ぶりを味わうのが、恐らくエンタテイメントとしては最も正しい楽しみ方でしょう。特に、物語終盤の、数百人と対峙する「塚原問答」の場面では、バーリ・トゥードかくやという壮絶な殴り合いが展開されます。結局、折れない意思と強靭なスタミナこそが日蓮最大の武器だったんですね。

 念仏を唱えれば地獄に落ちる。禅宗は国を亡ぼす。密教の教えは災厄をもたらす。徹底的に他宗派を攻撃する日蓮。若く思い上がったそのキャラクターには鼻につくところも多々あります。しかし、激しい論争の中で、彼が唱える法華経の重要性が浮かび上がってきます。その本質は極めてシンプルで、現世の人々を現世において救済することです。末法の世に生きる人々の救済を極楽浄土なる来世に投げ捨てた念仏宗や、救済の道を捨てて不毛な内的到達への道を説くのみの禅宗、権力におもねり民衆に目を向けない密教などとは異なり、日蓮は徹底して現世に生きる人々をこの世で救うための道に邁進します。そして、仏教の中で排されてきた女性にも成仏と救済の道を示し、ジェンダー的な先進性も示しています。

 

佐藤賢一『日蓮』短評 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

4、白光

 朝井まかては当ランキングでもたびたび登場している作家ですが、歴史+アート小説としては2016年度の『眩』以来になります。主人公・山下りんは、キリスト教においてイエス・キリストや聖人の姿を描く、日本人初のイコン画家です。芸術と信仰の葛藤、日露戦争など波乱万丈の日露の歴史、日本土着の精神とロシア正教の融合など、文化史・政治史を女性の視座で描く作者独自の手法は今回も健在です。また、酒飲みとしてのはっちゃけた素顔など、多彩な顔を持ったりんの芯の太さと強さも魅力的です。

 

5、国萌ゆる 小説原敬

 武士の出身でありながら平民として政治家に上りつめた平民宰相・原敬普通選挙を実現しなかったことはネガティブに語られることもありますが、そこには彼独自の考えがあったことが分かります。藩閥政治からの脱却を目指し、数々の政策を手がけながら、道半ばで東京駅で暗殺された、早すぎた死。保身しか考えない、小物ばかりの現代日本の政治家には、こんな数奇で骨太な生き方などできないでしょうね。

 

【とりあえず2021年総括】

 力作が揃った、良い作柄の年でした。ここ数年、極私的には歴史小説に強く政治性を重ねた読書をしていましたが、2021年はシンプルにエンタテイメントとして優れた作品を並べることができました。時代ミステリと室町ものが全体のトレンドだったという印象ですが、その中でも『黒牢城』は突き抜けていた印象です。あえてベスト5には幅広い時代の作品を入れてみました。