古川日出男『おおきな森』短評
今回は古川日出男『おおきな森』のレビューです。今年読んだ日本人作家の作品では今のところベストワン。ピンチョンのような世界文学として結実した古川日出男の最高作品といっていいでしょう。ネタバレも含むレビューになるのでご注意ください。
作中で提示される3つの世界が絡み合い、表題の「おおきな森」のごとく物語に繁茂する傑作です。
1つ目の世界では、作者に大きな影響を与えた中南米文学の巨人たち、ガルシア・マルケス、ボルヘス、コルタサルが登場。彼らが乗った列車内で女性が海で溺死するという怪事件が発生し、奇想が飛び交う推理ゲームが始まります。
2つ目の世界では、坂口安吾が兼業探偵として行方不明となった高級ガールの捜索を行います。
3つ目の世界では、京都在住の作家「私」が登場。「私」の夢想の内に、イーハトーブの宮沢賢治、満州国の石原莞爾、そして満州で現地の人々を実験動物のごとく扱った「私」の伯父が登場し、賢治の理想、満州という偽りの楽土、および戦争が混沌と混ざり合います。そして満州があふれ出た混沌が日本海を越えて南進し、アジアを覆う「おおきな森」のビジョンが形成されます。
そして、ここにさらに前2つの世界が重なり合い、「おおきな森」は世界史及び人類史を貫いて、時空を超えた巨大なタペストリーとして織り上げられていきます。圧巻のスケールと乱れ飛ぶ奇想とはじけ飛ぶような短文の古川節。言語以前の言語、思考以前の思考を呼び覚ます、シュールリアルな自動筆記のような古川節のリズム。世界の文学に範をとった借り物の世界文学ではなく、世界そのものを創造することに成功した文字通りの世界文学。作者の苦闘と苦悩が刻印された、古川日出男の最高作品です。