otomeguの定点観測所(再開)

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『星夜航行』短評

 毎度毎度遅ればせのレビューですが、『狗賓童子の島』以来3年ぶりに出た飯嶋和一の新刊です。上下1000ページ余りの大作ですが、リーダビリティが高く、一気に読み進めることができました。

 【今のところ今年の歴史小説の中ではベストワン】

星夜航行 上巻

星夜航行 上巻

 
星夜航行 下巻

星夜航行 下巻

 

姜尚中/激動する現代のアジアをも見通す祈り 〈飯嶋和一『星夜航行』刊行記念特集〉 | レビュー | Book Bang -ブックバン-

なぜ刊行まで9年?なぜ著者校正に4年?飯嶋和一待望の新作『星夜航行』作品ガイド | ほんのひきだし

【書評】文芸評論家、早稲田大学教授・高橋敏夫が読む 『星夜航行 上・下』飯嶋和一著 歴史小説の新たな起源に(1/2ページ) - 産経ニュース

  今年読んだ歴史小説の中では、この作品が今のところベストワンです。完成に9年かかったという労作は読み応え十分の傑作に仕上がっており、各紙の書評やWEB上のレビューなどでも好評のようです。寡作の作家さんですが、今回も待った甲斐のある作品でした。

 以前の作品では島原の乱隠岐騒動が取り上げられていましたが、  

隠岐騒動 - Wikipedia

狗賓(ぐひん)童子の島

狗賓(ぐひん)童子の島

 

島原の乱 - Wikipedia

出星前夜 (小学館文庫)

出星前夜 (小学館文庫)

 

  今回の題材は秀吉の朝鮮出兵です。主人公・沢瀬甚五郎については恥ずかしながら浅学のため知らなかったのですが、実在の人物だそうです。権力者が奇麗事で塗り固めた歴史を真っ向からひっくり返す民衆視点の痛快な語り口は、この作品でも健在です。戦乱がやや落ち着いた安土桃山の華やかな時代を舞台に、堺や九州や対馬を駆け巡る甚五郎の人間的成長が瑞々しく描かれていきます。また、天下統一に向けた秀吉のえげつない振舞いや、秀吉の妄想が原因となった朝鮮出兵などについては、主人公の視座から反権力の立場で描かれており、権力者を掌の上で転がす飯島節は辛辣にして痛快です。その一方で、朝鮮・明・秀吉軍・反秀吉などという多視点から歴史が語られる複眼的な側面もあり、一枚岩ではない歴史の陰翳も映し出されています。

 上巻では船戦や商い、上巻から下巻にかけては朝鮮出兵の戦いの様子が詳細に描かれていて、作者のディテールへのこだわりは相変わらずすさまじいものがあります。描写があまりに細かいため、ストーリーラインが立ち止まってしまう箇所もいくつかありますが、そこをマイナスに評価するのは野暮というものでしょう。慌てず騒がず、想像力を働かせながら臨場感を味わうのが読書の愉楽だといえるでしょう。

 甚五郎はやがて反秀吉軍に身を投じ、朝鮮出兵敗戦処理に関わっていく中で、本人が思いもかけない数奇な運命をたどることになります。そして、終章で意外な結末が待っているのですが、ネタバレは興を削ぐのでやめましょう。あとは実際に読んで確かめていただければと思います。