otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2018極私的回顧その11 詩

 多忙のため更新の間がすっかり空いてしまいました。予想以上に忙しくてなかなか余裕ができません・・・。怠惰な場末ブログですが、飽かずお付き合いいただければ幸いです。

 極私的回顧第11弾は詩です。いつものお断りですが、テキスト作成のためamazon、《現代詩手帖》ほか各種レビューを参照しております。また、これも毎年のお断りですが、詩誌や同人をきちんと追っていないので、不完全な総括であることをご容赦ください。

 

otomegu06.hateblo.jp

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現代詩手帖 2018年 12 月号 [雑誌]

現代詩手帖 2018年 12 月号 [雑誌]

 

 【マイベスト5】

 

1、鳥類学フィールドノート 

鳥類学フィールド・ノート

鳥類学フィールド・ノート

 

  詩集全体に散種された「安全・安心」というキーワード。これは明らかに東日本大震災から連なる文脈ですが、熊本や北海道などの災厄が日本全土に拡大した現在、災厄なるものを直接的に、即自的=即時的に言語化しつつ人間だけでなく様々な生命の上に降りまく作者の表現は、災厄の果てに幸福を見出して人間にとどまらない生命に普遍的な救済を散種しようとする意図のように思えます。詩集の各所で定式を崩して小笠原鳥類独自の形式を模索する実験精神。「安全・安心」という言霊や詩情が四方八方飛び交っており、技巧的なツッコミどころはいろいろあるのですが、詩人がむき出しにした弱さやもろさや迷いが共感を得てしまう、非常にプリミティヴなタペストリー。実験性と先見性と不完全さに強い共感を得たので、この詩集を2018年度のベストワンに推します。

 

2、名井島 

名井島

名井島

 

  ヒト言語系アンドロイドの修復施設・サナトリウムである「名井島」を舞台にした、多層的な時間が紡がれた物語です。伝承として過去から未来へと寄せて返しながら言語の意味そのものを問うような繊細な言葉は、音や色や魂に艶やかに感応しています。詩を書き/読む主体の縛りから詩の言葉を解放し、心地よい音韻の中で詩の言葉そのものの自律を味わう愉楽。詩的言語と非在のトポスでありユートピア。この作品もまた詩の原点をめぐるプリミティヴで鋭利な詩論であるのでしょう。

 

 3、クワカ ケルル 

クワカ ケルル

クワカ ケルル

 

  オビによるとこのタイトルは「詩人が死んだ後も体内で生き続ける微生物の笑い声」だそうです。野木京子にしては擬音やオノマトペが控えめですが、様々な存在者の笑い声が交響する中、生と死を貫く詩人の冷徹な視線があたたかくも生々しく痛々しく感じられます。生と死が融解した思索=詩作の果てに、詩人は再生への祈りを掲げて詩集を締めています。

 

4、カヴァフィス全詩 

カヴァフィス全詩

カヴァフィス全詩

 

  ギリシャ神話という長大な視座を使って自身のファルスを言語化・物語化したのがカヴァフィスという詩人なのでしょう。剥き出しの欲動にギリシャ神話をふりかけると叙述的に美しく立ち上がってしまうのが不思議です。エロスの池澤訳によれば、そもそも古代ギリシャというのは、恋愛や色情や性欲が神と一体になり、めくるめく官能が肯定されていた幸福な時代なのだそうです。欲動をあるがままに受け止めることこそこの詩集の正しい鑑賞の仕方なのでしょう。

 

5、きつねうどんをたべるとき 

きつねうどんをたべるとき

きつねうどんをたべるとき

 

  子供の目線や遊び心、いたずら心などに根差した何気ない言葉が並ぶ詩集です。でも、詩人が配置換えを行うと、それらがあたかも未体験のもの・ことであるかのように思えて、何気ない日常の言葉が新鮮にシンプルに読み手の琴線に響きます。子供にとって世界は未知や未体験であふれているものなのでしょうね。

 

【2018年とりあえず総括】

 10月刊行の詩集ばかりになってしまいましたが、特に他意はないです。2018年度も国内文藝の回顧では文藝=文学の実験精神のなさや根本問題へのアプローチの弱さをたたきましたが、それに比べて詩は鋭利で批評的で思索に富んでいたように感じます。ジャンルの中に無数の孤立した光が点在している状況であり、詩的言語が多種多様になる流れをひとくくりにまとめてしまうのは不可能です。無数の詩の場があり言葉が多様に炸裂する状況は読者としては喜ばしい限りですが、こんなカオスだとますますジャンル全体の俯瞰が困難になってしまいます。また、2018年も生と死を巡る詩集がいくつも刊行されましたが、詩を巡る集合的意識=無意識はいまだ3・11から続く夥しい死からいかに超出するかを模索しているのでしょう。

 とりあえず2018年も詩は元気だったと思います。