otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2017年極私的独白その20 ファンタジー(海外)

 極私的回顧第20弾はファンタジー小説(海外)です。2017年に刊行されたアダルト・ファンタジーおよび児童文学のファンタジーについてまとめた項目ですが、今回は諸般の事情によりアダルト・ファンタジーばかりになってしまいました。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 

otomegu06.hateblo.jp

 

【マイベスト5】 

SFが読みたい!2018年版

SFが読みたい!2018年版

 

 

1、無限の書 

無限の書 (創元海外SF叢書)

無限の書 (創元海外SF叢書)

 

  通常、スチームパンクはイギリス・ヴィクトリア朝を舞台にした作品が大半ですが、こちらは中東を舞台にした、ネットとプログラムが世界観に取り込まれたSFファンタジーです。魔術や神秘がネット上で蘇る一方で、時にはサイバーな情報が紙の書籍の上に顕されるなど、仮想と現実・科学と魔術が入り混じり・互いに影響し合うという独特の世界観が実に秀逸です。変則的ですが骨太なこちらのパンク作品を2017年度の海外ファンタジーの1位とさせていただきます。

 

2、〈マビノギオン物語〉 

 中世ウェールズの神話『マビノギオン』の再話である四部作が完結しました。神話を忠実に再現し悲劇的な騎士物語を展開しながら、母系制の古代社会から父系性の中世社会に変化する際の歪みを現代的な視点でとらえたり、古代のアニミズム的な信仰と魔術の関係性を示したり、戦の惨劇を子細に描いたりするなど、多彩な視点で楽しめる物語です。

 

3、七王国の騎士 

七王国の騎士 (氷と炎の歌)

七王国の騎士 (氷と炎の歌)

 

  〈氷と炎の歌〉の外伝をまとめた短編集です。本編の100年前、戦争が泥沼化する以前の物語ということで、いつもの激しい戦闘シーンはあまり出てきません。代わって、人間のエゴや悲哀を描いたドラマがメインとなっています。主人公の騎士ダンクと少年エッグのコンビは、その場しのぎの知恵や軽口を使いながらも、義のために動くという人情に篤いところもあって、不器用ながら好感の持てる人物です。

 

4、ミッション:インポッシブル 

ミッション:インプポッシブル(トンネルズ&トロールズ・アンソロジー) (TH Literature SERIES)

ミッション:インプポッシブル(トンネルズ&トロールズ・アンソロジー) (TH Literature SERIES)

 

  2016年の極私的回顧でトンネルズ&トロールズのルールブックを取り上げましたが、2017年の回顧ではトロールワールドを舞台にした短編集を取り上げます。『SFが読みたい』の岡和田晃さんの評と重なりますが、〈ファファード&グレイマウザー〉や〈ドラゴンランス戦記〉などに通じる、古風ですが骨太な古き良きTRPGファンタジーの世界を存分に味わうことができます。

 

5、トールキンのベーオウルフ物語〈注釈版〉 

トールキンのベーオウルフ物語<注釈版>

トールキンのベーオウルフ物語<注釈版>

 

  トールキンが古英語から訳した『ベーオウルフ物語』のテキストですが、メインは物語ではなく、トールキン教授による膨大な注釈と解説です。『クレルヴォ物語』もそうでしたが、つまりはトールキン教授の講義録だと思えばいいでしょう。古語や神話・伝説などに対するトールキンの造詣の深さをじっくり味わうことができます。 

トールキンのクレルヴォ物語<注釈版>

トールキンのクレルヴォ物語<注釈版>

 

 

【2017年とりあえず総括】

 『SFが読みたい』の評とまた重なりますが、2017年の翻訳ファンタジーには、魔法・モンスター・戦闘・登場人物の絡み・社会性などの描写を映像的に展開し、スケールの大きな物語を構築したアダルト・ファンタジーが多かったように思います。各作品のエンタテイメントとしての完成度が例年になく高く、豊作といえる状況でした。そのため、例年ならSF・幻想文学・ホラーなどとのジャンル境界線上の作品や、児童文学のファンタジーがベスト5に入ってくるのですが、2017年はファンタジーとしてコアなアダルト・ファンタジー作品だけですんなりとランキングが埋まりました。

 児童文学のファンタジーに面白い作品がなかったわけではないんですが。 

フォール 自由への落下(下) (地底都市コロニア 6)

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  • 発売日: 2017/03/07
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フォール 自由への落下(上) (地底都市コロニア 5)

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ビーおばさんとおでかけ (児童書)

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楽しい川辺

楽しい川辺

 

  SF・幻想文学・ホラー・ミステリ・歴史など他ジャンルとの境界は昔から曖昧なものですが、ここ何年か他のジャンル小説のジャンル融解の影響がファンタジーにも及び、ジャンル境界線上の作品がランキングに入っていました。しかし、ファンタジーというジャンルの核となる骨太なファンタジー作品の存在はやはり欠かせません。そして、重厚なコア・ファンタジーが多く出版されることでジャンル運動体は活性化します。2017年のジャンル・ファンタジーにおいては、ジャンルの中核が力強く機能していたと思います。この流れが2018年も続いてくれるといいのですが。