2019極私的回顧その10 本格ミステリ(国内)
極私的回顧第10弾は国内の本格ミステリです。いつものお断りですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。また、極私的に本格ではないと判断した作品は他の項に回しておりますので、悪しからずご了承ください。
2018極私的回顧その4 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開)
2017年極私的回顧その4 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開)
2016極私的回顧その4 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開)
【マイベスト5】
1、時を壊した彼女 7月7日は7度ある
一見コミカルな作品ですが、タイムトラベルの設定を制約として利用した硬質な本格ミステリです。青春小説・恋愛小説的な古野作品の要素も密度髙く詰め込まれており、古野ファンにはマストアイテムでしょう。
『時を壊した彼女』をSFとして見れば、タイムマシンの設定の拙さやタイムパラドックスの処理の甘さなど、完成度の低い点が散見されます。『時空旅行者の砂時計』も2019年度のタイムトラベルSF&ミステリですが、『時空旅行者』のほうがタイムパラドックスの処理などSFとしての完成度では上でしょう。しかし、『時を壊した彼女』のほうが本格ミステリとしての完成度では上であると判断して、ここに置きます。
2、そして誰も死ななかった
この作品がトリックやロジックの密度においては2019年ベストミステリでしょう。クリスティ『そして誰もいなくなった』に範をとりつつ、クローズド・サークルの中で序盤からハイスピードで惨劇が展開されます。このハードさこそ白井智之。特殊設定ミステリにおいては論理の曖昧な作品も散見されますが、この作品では特殊設定だからこそ拡張可能なトリックやロジックが駆使され、推理の強度が屹立しています。異様状況だからこそ論理を頼りに生き延びる。倫理や心理や社会常識などのあいまいな要素を疎外し、論理に徹底する信頼のパズラー。特殊設定を本格ミステリとして見事に消化=昇華した作品です。
探偵の論理と助手の霊感=直感が絶妙にブレンドされ、鮮やかに事件が解決される本格の短編が3本、そしてラストで殺人鬼の独白も併せて事態が一気に収束するサプライズの短編が1本。各種ランキングで1位をさらい、相沢沙呼が新境地を切り開いた作品になりました。「翡翠ちゃんかわいい」と呑気に萌えていられるのは中盤までです。各紙の紹介と同じコメントですが、とにかく読むべし。読んで驚くべし。それ以上のコメントは不要です。
4、魔眼の匣の殺人
『屍人荘の殺人』による華々しいデビューのため、今村昌弘には2作目についても過大な期待値が向けられていました。しかし、2作目は本格ミステリとしてデビュー作を上回る完成度で、期待値を軽々と越えてきました。すでに各所で触れられていますが、デビュー作で施した数々の仕掛けが縛りとなり、作者はプロットの段階から悶絶したそうですが、
『屍人荘の殺人』第2弾発売!著者の首を絞めた"続編への縛り"とは? | ほんのひきだし
予言という特殊設定を軸に堅牢なクローズドサークルを構築し、予言がなければありえない犯人の動機や行動原理を組み上げました。そして、事件解決後に伏線が一気に回収され、作品の疑問点が解消されていく怒涛のラストも見事。作者の次回作はさらなる過大な期待値を背負い込むことになりました。また作者に悶絶してもらいながら、第3作を楽しみに待ちましょう。
5、江戸川乱歩新世紀—越境する探偵小説
2019年の評論枠がこちら。乱歩に対する一定の知識や探偵小説、文学理論、日本の近現代などに対する教養を読者に求め、専門性の高いアプローチの論文を収録した、知的刺激に富んだ論集です。中国・韓国や欧米の研究者のテキストも収録されていて、乱歩研究の世界的な広がりを感じられる点も興味深いです。
【とりあえず2019年総括】
マイベスト5を組んだら、若手・中堅の特殊設定ミステリばかりになってしまいました。ベテラン・中堅作家も堅実に面白い作品を出していたので、全体の作柄はかなりの豊作だったと思います。ベスト5に入れる作品を絞るのに苦心するほどバラエティに富んだ1年でした。
2019年は数々の特殊設定ミステリが出版されました。2020年も当面はこの流れが続きそうです。華文ミステリが新本格の流れを継いでノスタルジックな薫りを放っていますが、和製ミステリは世界の設定や法則ごとトリックやロジックを構築することでさらに先端を行っています。本格ミステリのアイデアやトリックは出尽くしたという向きもありますが、アイデアやトリックなどいくらでも生み出せるということを特殊設定ミステリの氾濫が証明しています。本格ミステリのアイデアやトリックは尽きまじ。SF・ファンタジー・怪奇幻想など他ジャンルの視座から見ると物足りない作品もありますが、本格ミステリの評価軸はあくまでトリックやロジックの美しさや濃密さです。ミステリとしての本質から外れた批判は捨てておけばいいのです。自己矛盾を起こしていることは分かっているつもりですが・・・。