otomeguの定点観測所(再開)

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〈エーランド島四部作〉

 今年3月、スウェーデンのミステリ作家であるヨハン・テオリンの〈エーランド島四部作〉が無事に完結しました。

  テオリンは寡作な作家です。2007年から数年に1回のペースで、バルト海に浮かぶスウェーデンエーランド島を舞台にした四部作を秋冬春夏の順番に発表してきました。日本では2011年から翻訳・刊行が始まり、今年3月に発売された『夏に凍える舟』で四部作が無事に完結しました。重厚で骨太なシリーズであり、どの巻も高いクオリティを備えています。

 エーランド島はやや陰鬱な雰囲気を有するひなびた島です。夏は観光シーズンのため観光客で賑わいますが、オフシーズンは人口が少なく、北欧の厳しい気候も相まって沈んだ様子になります。しかし、そこにこの島の独特の味わいがあります。人々はどこかに翳を持ちがらもユーモラスな人物が多く、ゆるやかに流れる人間模様が読者の心に美味しいお酒のようにしみわたります。

 探偵役の主人公は元船長の老人、イェルロフ・ダービッドソンです。体のあちこちにがたがきていて、巻を追うごとに悪化しています。各巻の事件はいずれも一筋縄ではいかないひねりの利いたもので、かつ、何か暗い過去に関わっていて操作に手間のかかるものばかりです。しかし、彼は自分の老いや死とうまく折り合いをつけながら、随所に年の功を見せ、如才なく探偵役を務めています。 

 まずは最初の『秋』から読んでいただくのが一番いいでしょう。

 では、各巻について簡単にレビューしていきます。

 『黄昏に眠る秋』

黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

  四部作の開幕篇です。20数年前に疾走したイェルロフの孫・イェンスの探索と、サイコパスの殺人者であるニルス・カントの物語が交互に展開する筋立てです。一見、クラシカルなミステリですが、最後にかなり大きなサプライズがあるので、素朴な雰囲気に油断せずに伏線をていねいに追いましょう。叙情たっぷりの読後感も秀逸です。

『冬の灯台が語るとき 』 

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

  北欧の冬の荒々しい気候を背景としつつ、幽霊譚とクライムノベルとを往来しながら、四部作の中では最もアップテンポに物語が進んでいきます。物語のラストで幻想性が全て現実に還元されるという構成力が実に鮮やかです。冬の寒さにまいりながらも、イェルロフは探偵役として奮闘しており、真摯な彼の姿には非常に好感が持てます。

『赤く微笑む春』 

赤く微笑む春 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

赤く微笑む春 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

  春になって穏やかになった気候を映し出すかのように、前2作に比べて静謐な物語が紡がれています。この作品は病人を抱えた家族がテーマです。それぞれの家族の陰惨な過去が明らかになった時、心の闇や不安もまた浮き彫りになります。しかし、イェルロフが差し伸べる手がささやかな救いとなり、心地よい読後感につながります。物語がやや起伏に乏しいですが、十分に良質な小説です。

『夏に凍える舟』  

夏に凍える舟 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

夏に凍える舟 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

  夏ということで、前3作よりずっと明るい雰囲気です。過去の事件の再構成、複数の事件・視点が縒り合わされること、怪奇幻想の風味などの四部作の特徴はもちろん健在です。作中にいくつか大仕掛けが用意されていて、四部作では最もサスペンス色の強い作品です。初読でも十分に楽しめますが、前3作の登場人物が再登場する場面がいくつかあるので、前3作に目を通してからこの本を読むことをお勧めします。