otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2016極私的回顧その22 幻想文学

 では、極私的回顧22弾、幻想文学に参りましょう。SF・ファンタジー系の作品の中でも文学性が髙いと思ったものを主に配しております。作品数が少ないので、内外の作品を取り混ぜて扱っております。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。

 【マイベスト5】 

SFが読みたい! 2017年版

SFが読みたい! 2017年版

 

 

1、魔法の夜 

魔法の夜

魔法の夜

 

  幻想文学とは文章そのものから幻想の香気が漂う作品のことを指す、というのが極私的な定義ですが、『魔法の夜』は全体から細部まで蠱惑的な幻想に彩られていて、読み手を幻視に引きずり込む豊饒な魔力と麻薬的な魅力を備えた作品です。南コネチカットの夏の夜の夢。月光の魔力に誘われ、数々の不思議が生まれ落ち、美しい物語のタペストリーとして織り上げられます。久しぶりに登場した、真の幻想文学たる傑作です。

 

2、人生の真実 

  霊能力を有する母親のもとに普通に幽霊が訪ねてくる上、神秘家や霊能力者などの怪しげな人物がやって来る。母親の姉妹は社会主義者無政府主義者、狂信的な英国国教会の信者など奇人ばかり。何とも特異なコミュニティの中で、主人公の少年は生や死、過去や未来を幻視しながらもまっすぐに成長していきます。戦後のイギリスが経済的に立ち直り街が復興していく、熱気を帯びた背景も魅力的です。傑作の幻想小説であり、少年のみずみずしい成長物語であり、幽霊譚であり、労働者階級の諸相を描いた社会小説でもあります。

 

3、プロローグ 

プロローグ

プロローグ

 

 幻想文学かどうかは極めて怪しい作品ですが、ジャンルの棲み分けの結果、ここに落ち着いてしまいました。謹んでお詫び申し上げます。

 前作『エピローグ』と対をなす、円城塔の言語形式破壊実験作品です。『エピローグ』では様式美や約束事を用いて物語の形式が内破されたのに対して、『プロローグ』では物語を構築する小説という言語そのものに懐疑が抱かれ、日本語の意味性、表記の揺らぎ、小説内のデータ、登場人物の名前など、小説内にうごめくありとあらゆるロゴスが還元されていきます。ぶっちゃけた話、作家自身の思惟からこぼれ出た愚痴の集積でしかないんですが。ふざけた言語遊戯をヴィトゲンシュタインソシュールもかくやという小説に仕立て上げてしまうのは、円城塔にしかできない芸当です。圧倒的なオリジナリティを有する怪作であり快作です。

 

4、日時計 

日時計

日時計

 

  読んでいて非常に鬱な気分になり、本を床にたたきつけたいという衝動に駆られる作品です。当主の息子の葬儀に集まった親戚連中が繰り広げるどうでもいいやりとりに神経が摩耗させられたかと思えば、突然この世の破滅が告げられ、破滅に関係あるのかないのかよく分からない不安事が次々に起こり、ストレスが適度にたまっていきます。異常心理か何かだとばっさりやってくれれば鬱も収まるのですが、結局、明快な答えは最後まで得られません。そのため、緊張が解けることはなく、そのまま読後感の悪さにつながります。ここまで書いてきたことはもちろん全て褒め言葉です。

 

5、文学ムック たべるのがおそい  

文学ムック たべるのがおそい vol.1

文学ムック たべるのがおそい vol.1

 
文学ムック たべるのがおそい vol.2

文学ムック たべるのがおそい vol.2

 

  SF・幻想文学系の文芸誌として2016年の収穫だったので、ここに入れました。肩の力を抜いて楽しめる佳作短編が多く、お酒を片手に文芸を楽しむには最適です。所詮、小説なんてお酒と同じで、小難しいことを考えずに気分で楽しむべきものです。これくらいのボリュームが暇つぶしや酒の肴にはちょうどいいです。 

【この本を飲みながら空けたお酒】 

まるき葡萄酒 まるき ブラン 720ml

まるき葡萄酒 まるき ブラン 720ml

 

  

 

【2016年とりあえず総括】

 海外文学の翻訳が氷河期に入っているといわれて久しいです。しかし、こと出版点数だけを見れば、幻想文学に限っても、追い切るのが難しい点数が刊行されています。また、英米の作品だけでなく、様々な国・地域の作品が刊行されています。厳しい出版状況の中、海外文学を支えてくださっている関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。もちろん買います。支えます。

 2016年は国内文藝にも幻想的な作品が多く、幻想文学の徒としては楽しめた1年でした。その分、主流文学寄りの作品が不作でしたが。以前書いたこととは真逆になりますが、私語りや現実の批評にとどまるするようなつまらない小説ではなく、ジャンルを越境して想像力の鉈を振るう作品こそ至高です。2017年も、スリップ・ストリーム的な流れが続いてくれることを期待しましょう。

【参考リンク】

otomegu06.hateblo.jp

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