otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・社会科・国語表現・サイエンス・スポーツ観戦・性文化・料理・お酒 【一部、性的に過激で頭のおかしな記事があります】

2017年極私的回顧その8 歴史・時代(書籍)

 極私的回顧第8弾は歴史小説・時代小説の書籍に参ります。文庫の作品を排したラインナップになっております。いつものお断りですが、テキスト作成の際にamazonほか各種レビューを参照しています。

 【マイベスト5】

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1、完本 春の城 

完本 春の城

完本 春の城

 

  島原の土地と歴史に対する作者の半世紀に渡る思慕が結晶化した大作です。1999年に『アニマの鳥』として刊行されたものに紀行文や解説を加えた再刊ですが、事実上の新刊といって差支えないでしょう。島原の乱水俣病事件に共通した乱の本質は、民を圧して土地を苦界にするお上と国と企業という権力の圧政です。民衆の抵抗は苛烈ですが、通底しているのはキリスト教も仏教も包み込んで全ての者を慈しむ天草の風土であり、暴力的な場面はほとんどありません。弱者に対する愛と弱者ゆえの強さこそ、作者が訴えたかったテーマなのでしょう。水俣病の記憶が薄れゆく中、忘れてはならない普遍的な記憶を紡いだ作品であり、問答無用の1位です。 

【追記】

 石牟礼道子さんが2018年2月10日に亡くなりました。謹んで哀悼の意を捧げます。

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アニマの鳥

アニマの鳥

 

 

2、銀河鉄道の父 

銀河鉄道の父

銀河鉄道の父

 

  直木賞受賞のニュースが流れ、さっそく書店にドカ積みになっていました。

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 芥川賞直木賞ともに今回の選考にはかなり異論がありますが、ここで突っ込むのも野暮なのでやめときましょう。『銀河鉄道の父』が受賞3作の中では最も完成された小説だと思います。

 父親目線で語られる宮沢賢治は、いい加減でだらしなく社会不適応なダメ息子です。しかし、才能と情熱にあふれた天真爛漫な、愛すべき息子でもあります。過剰に神格化された宮沢賢治像が突き崩されますが、天才であり凡人である等身大の宮沢賢治もいいものです。父子の葛藤と苦悩を遠野の風土が包み込む、心温まる作品です。

 

3、煌 

煌 (文芸書)

煌 (文芸書)

 

 時代小説・人情噺からはこちらを持ってきました。当ブログでレビュー済みなので再掲します。

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 花火をモチーフに各短編が緩やかにつながった連作集です。江戸の市井の人々のあたたかさや切なさ・たくましさなどの生き様を江戸市中の情景に乗せて語る人情物が志川節子の持ち味ですが、登場人物の息吹や心情などが切々と伝わってくる志川節はこの作品でも健在です。6つの短編に捨て作品がなく、完成度は高め。短編ゆえに心情や人情の掘り下げが浅めですが、適度にまとめて読み手をほっこりさせたり泣かせたりするのが人情物の肝であり乙なところですから、清酒でもやりながら肩の力を抜いて読めばいいということでしょう。

 

4、紅城奇譚 

紅城奇譚

紅城奇譚

 

 ミステリからの避難民その1。新本格の系譜に連なるアクロバティックなトリックを、時代小説ならではのスケールで、かつ戦国時代ならではの必然性を絡ませて織り上げた佳作です。事件の背後に漂う不気味さと人間関係のどす黒さだけでも一読の価値はあると思います。どちらかといえばミステリ寄りの作品ですが、時代小説としても成立しているのでここに入れました。

 

5、開化鐵道探偵 

開化鐵道探偵 (ミステリ・フロンティア)

開化鐵道探偵 (ミステリ・フロンティア)

 

  ミステリからの避難民その2ですが、この作者は2016年の回顧でも取り上げてました。歴史・時代ミステリの書き手としてやはり最注目の1人ですね。

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 推理小説としての枠組みは古典的ですが、堅実なプロット運びによってリーダビリティが保たれています。また、明治期の鉄道建設現場における人々の機微が細やかに描かれていて、人情噺の視点から見ても完成度は高いと思います。次回作は是非、江戸市中を舞台にした本格ミステリをお願いします。

 

【2017年とりあえず総括】

 2017年は石牟礼道子にすべて持っていかれた感じですね。歴史小説や文学の根本問題を突きつけてくる作品に久しぶりに出会いました。カズオ・イシグロのパクリになりますが、歴史を歪んだ視線で解する権力者たちが跋扈し、分断と差別が横行する中で、民衆に根差した歴史と言葉こそ重要であり、歴史について語る言葉も、歴史を受け止める私たち自身がもっと多様でなければなりません。そして、他者の歴史観を認める寛容さを持たなければなりません。ごく簡単なことだと思うんですけどねえ。