2017年極私的回顧その3 本格ミステリ(海外)
極私的回顧第3弾からしばらくミステリのテキストが続きます。本来、このブログではもっとミステリ関連のテキストを挙げなきゃいけないんですが、今年はほとんどミステリについて書いていませんでしたね。2018年はもう少し改善できたらいいんですが。とりあえず2017年についてまとめていきましょう。
いつものことですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。
【マイベスト5】
では、まずマイベスト5から参ります。
1、湖畔荘
複数の事件について過去の視点や神の視点を交えた複数視点で語り、様々な伏線や証拠を精緻なタペストリーとして織り上げた本格の傑作です。作中に散種されたミステリ論の断片やノックスの十戒に忠実に構成された物語は、本格の黄金時代へのオマージュになっています。古式ゆかしい本格であり、英国小説の伝統の香り漂う文学でありながら、現代の読者を欺くミスリードまでやってのけたこの作品こそ、極私的には2017年に読んだミステリの中でベストワンです。
2、黒い睡蓮
古式ゆかしいフレンチ・ミステリ。物語の軸に堅牢な本格を配置しつつ愛憎劇やアクロバットを絡めた物語には、『本ミス』のレビュー通り、ジャプリゾやカサックやモンティエらの匂いが濃厚に漂っています。美術小説としての物語性も担保されており、フレンチミステリの奥深さを示す佳品です。
3、雪と毒杯
2017年のクラシック・ミステリのベストはこちら。《カドフェル》の作者ピーターズのオリジナルです。堅牢に構築されたクローズド・サークルにおいて、死者の言葉が登場人物を動かす遺言物です。登場人物の意思のずれから毒殺犯が導き出される道筋が非常に美しく、これぞ本格ミステリの王道といえるでしょう。
4、 エラリー・クイーン 推理の芸術
- 作者: フランシス・M.ネヴィンズ,Francis M. Nevins,飯城勇三
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2016/11/28
- メディア: 単行本
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エラリー・クイーン評伝の決定版。ダネイとリーの複雑な関係、1960年代の代作者の時代、バウチャーの赤裸々なクイーン評、アンソロジストとしてのダネイなど、ほぼ全時代に渡る2人の姿が鮮やかに浮かび上がります。豊富な図版や書誌も見ているだけで楽しくなります。今やエラリー・クイーンを熱心に読んでいる国は日本とイタリアくらいだそうですが、独自の本格ミステリの文化を発展させてきた日本だからこそこの偉大な作家の記憶を保ってきたのだということを、大いに誇ろうではありませんか。
5、鉄路のオベリスト
鉄路のオベリスト 鮎川哲也翻訳セレクション (論創海外ミステリ)
- 作者: C・デイリー・キング,ミルトン・オザーキ,レオナード・ロスボロー,C・G・ホッヂス,R・カールトン,日下三蔵,鮎川哲也
- 出版社/メーカー: 論創社
- 発売日: 2017/09/08
- メディア: 単行本
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かつてカッパノベルズから刊行されていた同題作の完全版です。心理学的描写が収録されており、多重推理をひっくり返す動機面の切れ味が増しています。表題作以外にも鮎川訳の佳作短編がいくつか収録されていますが、この値段だとよほどの本格ファン以外は手を出せないかもしれません。
【とりあえず2017年総括】
今年は久しぶりに現代本格が当たり年でした。各所で話題になった『13・67』は警察小説と判断してミステリ系エンタテイメントの項に回し、『キリング・ゲーム』はサスペンスの色が強いと判断してベスト5からは外しました。
それでも今年は本格と判断できる現代作品が多く、ここ数年の現代本格に対する渇きがだいぶ癒されました。また、本格黄金期へのオマージュとして古典と現代の融合を図る作品がいくつも見られ、クラシックの先行作品を想起しながらページをめくる愉悦も味わえました。2018年もこの楽しい状況が続いてくれることを願います。
現代本格が活発だったため、例年ベスト5を埋めていたクラシックが軒並みはじき出されてしまいました。しかし、クラシックの面白い作品は引き続き刊行されており、古典本格の翻訳の質が落ちたわけではありません。逆に、古典本格が現代本格に押されているのは、ジャンル全体のことを考えると喜ばしい状況です。まだまだ未訳作品はあるようなので、2018年も引き続き古典本格を楽しんでいくとしましょう。