タルド『模倣の法則』
ドゥルーズ&ガタリのリゾームおよび器官なき身体に影響を与え、ミクロ社会学の祖などといわれているタルド『摸倣の法則』が今年再刊されました。そういえばきちんと通読したことがなかったなど思い返し、読んでみたのですが。とりあえず、あとがきの村澤真保呂の論などを参照しつつ、雑駁にまとめてみます。
1318夜『模倣の法則』ガブリエル・タルド|松岡正剛の千夜千冊
ガブリエル・タルド『模倣の法則』読書メモ集 - Togetterまとめ
上のリンクで松岡正剛も触れていますが、議論の仕方がやはり古いです。19世紀の著作だから仕方がないんですが、取り上げられている材料が21世紀の視座においては吟味され尽くしていますし、歴史観はマルクスの方がラディカルですし、模倣の概念もミメーシスを経由してフランクフルト学派あたりに昇華できそうですし(実も蓋もありませんが)。正直、ドゥルーズが称賛したほどのインパクトは感じませんでした。とはいえ、モナドを単子的で非実在的な実在および単子どうしが複合した系としての単一な実体から、単子の中に個や差異の襞を織り込んで有機的な実在をまとわせ、単子が社会という全体に従属するのではなく単子自体が幾重もの襞として社会を構成する社会へと論を進めたこと、すなわち、ライプニッツのモナドおよびモナドロジーとして脳のような有機的で複雑なネットワークへと昇華した点では、確かにタルドの先駆性は評価されるべきでしょう。個々の単子=実在=脳の間に発生するシナプス的な生成と相互作用こそタルドの「模倣」であり、個々の単子は模倣の流れに沿って思考し・行動することで、ネットワークとしての全体を構成します。19世紀末は電気的メディアの発達によってアナログとはいえ情報ネットワークが誕生した時代でした。タルドの視座は当時の先端のテクノロジーを取り込みつつ、概念としてのネットワークに有機的な襞をまとわせて21世紀の現在に照射しています。リゾームという有機体の系を奏でていた頃のドゥルーズ&ガタリは、ライプニッツからつながるタルドの思想に強烈な親和性を感じていました。モナドからリゾームへ至る流れにモナドロジーのタルド的解釈を織り交ぜることで生生流転=変化の概念がより理解しやすくなるのは間違いないでしょう。しかし、タルドの思想は有効なのは恐らくポストモダンの位相までです。単子=実在=脳たちが見る夢は、マトリクス的なミメーシスからポストヒューマン的な(実在しない)実在が夢想するハイパーリアルの飛沫へと変化しています。また、SFではポストヒューマンとシンギュラリティを介してサイバーパンクが再構築され、思想・哲学では思弁的実在論および新たな存在論および新たな形而上学の登場によって実在しない実在や実在しない実在が形成する社会や物語の構造までが思考の射程とされている21世紀現在の状況においては、タルドの牧歌的な哲学がミラーシェードをまとったネットランナーのごとく古めかしく感じられてしまうのは仕方のないところでしょう。
- 作者: ライプニッツ,Gottfried Wilhelm Leibniz,清水富雄,飯塚勝久,竹田篤司
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スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)
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【帝国と市民と世界市民と巨大帝国⇒崩壊??】
個々の波動として生成される権力は世界に大規模な均質化と産業化の波をもたらし、世界全体を覆う帝国と世界市民の誕生をもたらすとタルドは予測した、というのがあとがきでの村澤のタルド解釈です。さらに、巨大な帝国が差異化の中に飲み込まれていく、つまり世界国家を妄想した帝国が民族とポピュリズムという差異化の中に飲み込まれ、国家主義的統制が世界を覆うというところまでタルドは見通していますので、ポピュリズムという反知性主義が跋扈する21世紀現在の状況をタルドが幻視していたと解釈することもできるでしょう。村澤の述べる通り、ここにネグリの『帝国』『マルチチュード』を並べるだけでなく、アガンベン『ホモ・サケル』を並べることも可能でしょう。タルドを読んでいてフーコーの司牧権力がドゥルーズ的な生成変化に取り込まれるかのように錯覚するのは、私が21世紀現在の思想状況というバイアスをかけてタルドを読むからでしょう。社会運動の理論を定立するのが極めて難しい現在の混沌とした状況において、混沌を見通していたタルドの視座は一定の有効性を有しています。しかし、帝国主義へのレジスト、および社会運動体への影響という点では、やはりタルドよりもマルクスの方に軍配が上がります。帝国主義が再来しつつある21世紀現在の社会は、ポスト・タルドでありながらマルクスの夢想した圏域に移行しつつあるのかもしれません。
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タルドに対する批判的な視点も書いてしまいましたが、それでもなお、タルドがドゥルーズや新しい存在論という視座から見た哲学史上において重要な位置を占めていることは疑いのないところですし、その先駆性の重要さも変わりません。社会学的な見地からいろいろと付帯するより、シンプルな自然哲学として形而上学的の系譜に載せるほうが、タルドはすっきり解釈できると思います。結局、どこまでいっても、運動体も社会もその本質においては生生流転なのですから。
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