今年3月、3年ぶりに貴志祐介の新刊『罪人の選択』が刊行されました。今回はその短編集のレビューになります。貴志祐介といえば現在のトレンドは『鍵のかかった部屋』でしょうが、あえて『罪人の選択』のレビューでいきます。
『ミステリークロック』以来、久しぶりの貴志祐介の新刊ですね。各短編とも粒が揃っており、全体にレベルの高い短編集です。寡作な作家さんなので、この機会を逃さずに読むことが大切です。1987年というデビュー前の短編が読めるので、貴志祐介という作家のルーツをたどる興味深い読書体験になるでしょう。
では、各短編をできるだけネタバレしない範囲で簡単に紹介していきます。
「罪人の選択」
表題作であり、極私的にはこの本で最も完成度の高い短編だと思います。2つの時代の同じ場所で2つのリドルが絡み合いながら物語が進行し、最後にはリドルが帰納的に収斂して鮮やかな解決を迎えます。徹底したフェアプレーに基づき読者に向けて仕掛けられた極上の頭脳戦です。作品数こそ少ないですが貴志祐介が優れた本格ミステリの作家であることが改めて分かります。
「夜の記憶」
貴志祐介デビュー前の作品で、異生物の意識を描いた短編です。現在から見ると若書きの感は拭えませんが、それでも十分に一級のSF短編だといえるでしょう。若い書き手の瑞々しい感性と練り上げられた観念、そして清々しい読後感が素晴らしいです。
「呪文」
アニミズム的な信仰の星を訪れた星間企業に勤める主人公視点で語られる、SFミステリの事件簿です。ミステリ的な妙味もありますが、星における信仰の光と影の描写、および作品全体を覆うオカルティズム的な味付けが魅力でしょう。
「赤い雨」
ウイルスによる疫病に見舞われる世界を描いた短編で、図らずもコロナ禍に四苦八苦する2020年の現実状況と強くシンクロしています。表題の「赤い雨」が短編全体の禍々しい雰囲気を作り出しており、SFとしてのアイデアの核にもなっています。
これ以上コメントすると各短編の核心部分のネタバレになってしまうので、あとはご自分で確かめてください。今回のような短編集もいいですが、貴志祐介にはぜひSFやホラーの傑作長編を書いてほしいと思います。