『文豪宮本武蔵』短評
今回のレビューは今月発売された『文豪宮本武蔵』です。
面白いです。田中啓文といえば田中節が疾走するダジャレ小説ですが、今回も豪快で痛快なユーモアは健在です。中盤から田中節がほどよく加速し、最後にサプライズもちゃんと待ち受けているので、読者サービスは十分です。一方、宮本武蔵の行動や思考にはちゃんと論理性や繊細さを持たせつつ、タイムスリップしたことの必然を担保するSFとしての仕掛けもあります。また、明治時代を描写した歴史・時代小説としての作りもしっかりしています。
しかし、なんといっても見所は、剣をペンに持ち替えてなお戦い続ける宮本武蔵の雄姿でしょう。明治時代に流布した女性蔑視や排外主義に立ち向かい、特権階級に抗して言論弾圧とも戦います。21世紀の政治家たちは明治時代と変わらぬ蔑視の言説をまき散らしていますが、もしこの本の武蔵が現代にやってきたら、やはりリベラルな言論を武器に戦うんでしょうね。