上野国立科学博物館 特別展「深海2017」感想
しばらく多忙のため更新が滞っておりました。今年はこんなことばかり書いている気がします。更新ペースがなかなか安定しない場末ブログですが、飽かずお付き合いいただければ幸いです。
さて、今回は上野の国立科学博物館で行われている「深海2017」展の感想を、雑駁ですがまとめてみたいと思います。
【深海2017】
科博の特別展にはだいたい足を運んでいますが。今回の「深海2017」は近年でも屈指の好展示だと思います。深海生物についても、発光生物、巨大生物、南極海、化学合成生態系、超深海と多様な切り口が見られる上、海底下生命圏の話題にまで触れています。さらに、地震や津波などの災害、海底資源、生物資源、深海がもたらす環境への影響、海洋酸性化、深海の調査船についてなど、展示項目が生物だけでなく地学・化学分野のものや社会科学的なものなど多岐に渡っています。分野の広がりと情報の密度においては、私が観てきた中でも最も充実した展示だったと思います。
NHKの『ディープオーシャン』と展示内容が密接にリンクしているので、とりあえず番組を事前にチェックしてから展示を観るのがいいでしょう。まあ、もう特別展自体が終わってしまうのですが。
NHKスペシャル シリーズ ディープ・オーシャン 「潜入!深海大峡谷 光る生物たちの王国」 - 動画|GYAO!ストア|ドキュメンタリー・教養
NHKスペシャル シリーズ ディープ・オーシャン 「超深海 地球最深(フルデプス)への挑戦」 - 動画|GYAO!ストア|ドキュメンタリー・教養
NHKスペシャル シリーズ ディープ・オーシャン 「南極 深海に巨大生物を見た」 - 動画|GYAO!ストア|ドキュメンタリー・教養
それでは、展示の中で気になった項目をいくつかピックアップしていきます。
【生物発光】
当ブログでも記事にしている内容が詳細に展示されていました。
深海生物の発光は、動物プランクトンのコペポーダ(カイアシ類)が合成するセレンテラジンを他の生物が取り込んでいるためだそうですが、その食物連鎖の仕組みが分かりやすく展示されていました。そして、セレンテラジンと反応する酵素を各生物が独自に作りだしていく中で、深海生物の多彩な発光パターンが生み出されたのだそうです。
ただし、ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応については、相変わらず分子構造の異なる複数の反応をひとくくりにして説明されていました。化学構造が判明している生物が極めて少ないので、まだ従来の枠組みでくくらざるを得ないということでしょうか。上のリンク先の記事にも記していますが、ルシフェリンもルシフェラーゼも生物種ごとに異なる分子構造をしている酵素を便宜上ひとくくりにしているに過ぎず、実際には多岐にわたる反応パターンがあるのだそうです。
また、オワンクラゲの発光はカルシウムイオンと結合したタンパク質、イクオリンとGFP(緑色蛍光タンパク質)の反応によるものであり、ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応とは異なるものだそうです。ここにもセレンテラジンが絡んでいるので、深海の生態系におけるコペポーダの重要性を改めて認識させられます。オワンクラゲといえばノーベル賞と山形の水族館が有名ですが、また鶴岡に行ってみようかなあ。
2008年ノーベル化学賞『緑色蛍光タンパクの発見と応用』 | Chem-Station (ケムステ)
鶴岡市立加茂水族館 | 世界一のクラゲ水族館 鶴岡市立加茂水族館
【ポーラー・ジャイガンティズム】
耳慣れない言葉ですが、極地の海に生息する生物が巨大化する現象です。北極海でもこの傾向はみられますが、南極海の方がより顕著で、他の海域に比べて極端に大きい生物が見られるそうです。極私的に驚いたのは、ウミグモが異様に大きかったことです。
ウミグモは節足動物の中でも鋏角類に属しており、クモやサソリ、カブトガニ、ウミサソリなどに近い仲間です。鋏角類は節足動物の中でも、というよりは動物の中でも最も早期に陸上進出を果たしたグループであり、陸生のものと水生のものに分けられます。ただし、現在では、甲殻類や昆虫類などの後発の節足動物に押され、そこまで反映しているとはいえないグループです。
ウミグモは鋏角類の中でもマイナーなグループでしょう。同じ鋏角類ですが陸上のクモとの類縁関係はあまりないようです。ウミグモは体が頭・胸・腹に分かれているので、クモとはボディプランが異なります。ウミグモの脚はクモに似ていますが、これは一種の相同器官と考えるのが妥当でしょう。
ウミグモは日本周辺にもいますが、普通は1センチ弱の小さな生物です。
ところが、南極にいるオオウミグモの仲間は30センチ以上になり、異様な迫力を示しています。巨大生物の標本はいろいろ展示されていましたが、ウミグモのギャップが最も衝撃的でした。まあ、日本近海にもでかいウミグモはいるといえばいますが。
(画像はともに上記リンクの記事より)
NHKの番組では巨大化の原因について南極海の酸素濃度の高さを挙げていました。
南極で生物が巨大化、ポーラー・ジャイガンティズム(南極巨大化現象)の影響を受け巨大化したウミグモ : カラパイア
極地巨大化現象の理由・原因:南極の深海が生物にかける魔法( NHKスペシャル・ディープオーシャン)
その他に、オキアミなどの餌が豊富なこと、南極還流の影響で南極海が孤立していて天敵が少ないこと、代謝が極端に遅いことなど、いくつかの仮説が唱えられているそうです。素人考えですが、多くの原因が複合的に絡み合って巨大化が起きていると考えるのが妥当のようです。
【フルデプス】
8000mを超える深海を超深海といいますが、地球上でもっとも深い海はマリアナ海溝のチャレンジャー海淵です。昔はそんな超深海に生物がいるのかと疑問視されていたそうですが、いざ潜ってみたらエビやナマコが予想以上の密度で生息していて、科学者たちを驚かせたそうです。
''深''記録!世界で最も深い場所に生息する生物達 - NAVER まとめ
魚については8400mが生息限界だそうです。超深海で見つかっている代表的な魚が、今回繰り返し展示されていたマリアナスネイルフィッシュと、
マリアナスネイルフィッシュとは?水深8178mで撮影された深海魚
マリアナ海溝の超深海のマリアナスネイルフィッシュは圧倒的なTMAOで水に適した魚の中の魚だった
日本近海の超深海にもいるヨミノアシロです。
8400mより深いところだと水圧で魚の体を構成しているタンパク質が押しつぶされ、魚は生存できなくなるそうです。深海魚はTMAOという物質で水分子をタンパク質から放すことによって水圧の影響を抑えていますが、8400mを超えるとこの物質も効かなくなるそうです。ちなみにTMAOは魚の生臭さの原因だそうです。深海魚の足が早いのはTMAOを大量に含んでいるからと考えればいいんでしょうか。
しかし、TMAO以外のメカニズムを発達させて10000m級の深海に適応した魚がいないとはまだ言い切れないと思います。エビやナマコは更なる物質を作用させてフルデプスに適応しています。同種のメカニズムを持った魚がいても全く不思議ではないでしょう。NHKの番組では、浅い海で進化してきた魚類はまだ他の動物ほど深海に適応していないとしていましたが、それは生物の適応・進化の能力を低く見積もりすぎじゃないかなあ。是非、この見解を覆す続報を期待しましょう。