2018極私的回顧その23 ホラー・怪奇
極私的回顧がようやくラス2まできました。今回は読んだ作品数が少ないので、内外の作品をまとめて配しております。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。
【マイベスト5】
1、〈恐怖のむかし遊び〉
にかいどう青は児童文学作家ですが過剰なまでの文学性を作品に付与し、古今東西の実験小説を想起させるネタを作品内に散種します。〈むかし遊び〉シリーズでもその手法は健在で、複数の先行作品を想起させるガジェットが作品内に配されています。その一方で、怪談・児童向けのテーマ・言葉遊びによる演出などが平易な表現で綴られており、児童小説の枠もきちんと守られています。児童小説の枠内で一級のホラーとして成立している、にかいどう青だからなしうる稀有なバランス感覚に基づいた作品であり、是非ジャンル・ホラーの読者にも手に取ってほしい作品です。
『恐怖のむかし遊び』(にかいどう青) - 児童書読書日記(仮)
『続 恐怖のむかし遊び』(にかいどう青) - 児童書読書日記(仮)
『恐怖のむかし遊び キレイになりたい』(にかいどう青) - 児童書読書日記(仮)
2、ドラキュラ紀元一八八八
《ドラキュラ紀元一九一八》 鮮血の撃墜王 (ナイトランド叢書EX-2)
- 作者: キム・ニューマン,鍛治靖子
- 出版社/メーカー: 書苑新社
- 発売日: 2018/10/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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以前、SFセミナーのレポートでも取り上げましたが、キム・ニューマンのドラキュラ紀元が復活しました。新訳でかなり読みやすくなっていますし、各種のボーナストラックも収録されているので、復刊ですがパワーアップした新刊と評してもいいものでしょう。。以前の記事の再録ですが、古今東西の吸血鬼が一堂に会するスターシステム、切り裂きジャック事件にまつわる偽史的言説、ノンフィクションとフィクションの境界をいくメタ的な叙述、制度的なミステリとしての構造、ヴィクトリア朝の雰囲気やガジェットなど、さまざまな要素が詰め込まれた傑作です。いくらでも深読みできる重層な作品ですが、疾走するプロットと物語を追うだけでも十分に楽しめます。
- 作者: キムニューマン,Kim Newman,梶元靖子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1995/06
- メディア: 文庫
- 購入: 3人 クリック: 46回
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- 作者: キムニューマン,Kim Newman,梶元靖子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1998/12
- メディア: 文庫
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3、いにしえの魔術
江戸川乱歩が礼賛し、萩原朔太郎『猫町』との類似を指摘した表題作「いにしえの魔術」をはじめ、新訳を含む5本の中短編で構成された短編集です。でも、「古の魔術」と『猫町』が似ているのは「猫の街に迷い込む」という冒頭のアイデア部分だけで、全体の構成はかなりずれがあるような気がしますが。
ブラックウッドは原初への恐怖をとにかく緻密に描写し、表現過剰な文章によって読者の恐怖を高揚させていく手法をとりました。ラヴクラフトはブラックウッドの熱烈なファンだったそうですから、散文詩のように過剰に形容がまぶされたラヴクラフトの文章は、少なからずブラックウッドの影響を受けているのでしょう。
4、火のないところに煙は
2019年本屋大賞ノミネート作決定!『ある男』『熱帯』『火のないところに煙は』『ベルリンは晴れているか』など10作 | ほんのひきだし
【ご声援感謝!】芦沢央著『火のないところに煙は』が、2019年本屋大賞のノミネート作品に選ばれました! 読者のみなさまの応援のおかげです。誠にありがとうございます!! https://t.co/DCmU58hNtJ
— 『火のないところに煙は』(芦沢央)公式/新潮社 (@hinonaikoushiki) January 22, 2019
本屋大賞にノミネートされるなど、話題になっている作品ですが、2018年の和製ジャンル・ホラーではやはりこの作品が一番面白かったと思います。怪談執筆を依頼された主人公=作者が自身の体験を開陳したところ、そこに怪異譚が次々に集まってくるという展開です。主人公は怪異の真相を一つ一つ解き明かしていきますが、謎解きをするにつれて主人公自身の闇もまた明らかになり、徐々に恐怖の度が増していきます。現実にまで滲みだした様々なメタ演出も面白いのですが、ネタバレを避けるため、ここまでとさせていただきます。
5、〈新訳 クトゥルー神話コレクション〉
這い寄る混沌 新訳クトゥルー神話コレクション3 (星海社FICTIONS)
- 作者: H.P.ラヴクラフト,中央東口,森瀬繚
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/11/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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『ネクロノミコン』の物語 新訳クトゥルー神話コレクション2 (星海社FICTIONS)
- 作者: H.P.ラヴクラフト,中央東口,森瀬繚
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/05/31
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「はじめてのクトゥルー」に最適! 新訳『クトゥルーの呼び声』 | 最前線 - フィクション・コミック・Webエンターテイメント
デジタルリマスターされたラヴクラフト 「新訳クトゥルー神話コレクション」|好書好日
「分かりやすいラヴクラフト」なるものが本当に存在するのかどうかは分かりませんが、ラヴクラフトの英文が難解ではないという意見には賛成ですし、敢えて訳文を平易にした訳者の意図と労はきちんと評価しなければいけないものです。何より、注釈・解説・年表など付録の充実が素晴らしく、創元版と並ぶクトゥルー神話の定番として、是非ロングセラーになってほしいシリーズです。
【2018年とりあえず総括】
ホラーに対して逆風が吹き荒れた1年でした。というか、出版界の不況の波がいよいよ怪奇・幻想をも飲み込みました。
日本ホラー小説大賞が横溝正史ミステリ大賞と統合され、
怪談誌《幽》と妖怪誌《怪》が合併し、とショッキングなニュースが相次ぎました。
怪談専門誌「幽」が終刊、妖怪専門誌「怪」と合併へ:朝日新聞デジタル
怪談専門誌『幽』『Mei(冥)』オフィシャルサイト | KADOKAWA
お化け大学校|水木しげる総長、京極夏彦教授、荒俣宏教授の妖怪学校 公式サイト:TOP
しかし、国内・海外ともにジャンル・ホラーの作品のラインナップはまずまず粒が揃っていたので、ジャンル全体が停滞したわけではないでしょう。また、〈ナイトランド叢書〉〈新訳 クトゥルー神話コレクション〉などクラシックの発掘や再評価の動きもあり、〈むかし遊び〉のような他ジャンルからの越境作品も複数ありましたので、ホラーの運動体としてのエネルギーは消えていないはずです。
ホラー黄金時代の復活とまではいかずとも、2019年は怪奇・幻想にとってもう少しいいニュースを聞けるような年になってほしいものです。