『雪旅籠』短評
今回のレビューは先月創元推理文庫から発売された時代ミステリの新刊になります。
デビュー作『恋牡丹』に続く、戸田義長の連作形式の本格時代ミステリ第2弾です。『恋牡丹』で描き切れなかった主人公親子の時間を埋める位置づけにある連作短編とのこと。
主人公・戸田惣左衛門は北町奉行所定町廻り同心で、若い頃から悪人の捕縛に辣腕を振るい、「八丁堀の鷹」と言われてきた老齢の人物。しかし一方で、園芸や盆栽に熱中し、時に間の抜けたところもある憎めない人物です。また、息子の清之介は剣術の稽古をしばしばさぼり芝居小屋通いを続けるお調子者ですが、これまた憎めないキャラクターです。この親子の人情味あふれる人物造型は時代小説としての妙味でしょう。
本格ミステリとしては、まずは表題作の「雪旅籠」。吹雪に閉ざされた旅籠で発生した殺人事件という、教科書のようなクローズド・サークルと堅牢な密室。惣左衛門が密室を崩していく推理の冴えはパズラーとしてなかなかの出来です。そして、桜田門外の変を題材とした「逃げ水」では、冤罪を晴らすために動き回る惣左衛門の推理はもちろん情の深さにも心を打たれることでしょう。
時代小説としても本格ミステリとしても完成度が高く、ミステリファンも時代小説ファンも十分楽しめる水準の作品です。作者はエラリイ・クイーン『Xの悲劇』以来の本格ミステリフリークだそうですが、その来歴にうなずかされる手腕といえるでしょう。