2020極私的回顧その28 ファンタジー(海外)
極私的回顧第28弾は翻訳のファンタジーです。ジャンルSFに関連する作品のうち私がファンタジーとみなしたもの、および児童文学のファンタジーの中で私がアダルト・ファンタジーとみなした作品についてまとめています。また、いつものお断りですが、テキスト作成のために『SFが読みたい』およびamazonほか各種レビューを参照しております。
2019極私的回顧その28 ファンタジー(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2018極私的回顧その20 ファンタジー(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2017年極私的独白その20 ファンタジー(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2016極私的回顧その20 ファンタジー(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
【マイベスト5】
1、ゴーストダンス
極寒の世界を舞台にしたダーク・ファンタジーが30年ぶりの邦訳刊行。まだ外伝のような第4巻が未訳で残っていますが、本編はこれで完結です。北欧神話を背景にした世界で展開される物語は血みどろのシビアなものです。主人公など主要な登場人物が必然ではありますがあっさりと死に、過酷な運命の果てに迎える壮絶な結末。遠景にある神話の世界の過酷さをこれでもかと現代に再現したスーザン・プライスの手腕は見事なものです。難しい訳業を成し遂げた訳者にも敬意を表し、この作品を海外ファンタジーの1位に推します。
2、銀をつむぐ者
グリム童話『ルンペルシュティルツヒェン』を下敷きにしたファンタジーです。東欧風の世界観は現実の歴史に根差しており、主人公の金貸しの娘が繰り広げるのは壮絶な魔物との戦いだけではなく、人間社会を生き抜く商売と人間模様も描かれています。光きらめく美しい異界の描写とリアリズムの対比が鮮やか。主人公の芯の強さも魅力で、ナオミ・ノヴィクの優れた手腕にのめり込むことのできる傑作です。
2020年1月、クリストファー・トールキンが亡くなりました。父、J・R・R・トールキンの遺した仕事を整理し、『シルマリルの物語』など中つ国の豊饒な世界を我々に伝える役割を果たしてくれた、王国の管理人でした。改めてご冥福をお祈りします。中つ国にはまだ埋もれた伝承があると伝え聞くだけに、クリストファーの仕事を誰かが継いでくれることを切に祈ります。
4、シティブック

RPGシティブックI―ファンタジー世界の街編― (すべてのロールプレイングゲームのためのゲームマスターエイド)
- 作者:ラリー・ディティリオ
- 発売日: 2020/12/04
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
かつて社会思想社から刊行されていた『シティブック』が待望の復刊、そして幻だった『Ⅱ』の刊行。TRPG用の汎用資料集ですが、ふんだんにばらまかれた物語の種は読んでいるだけで楽しいものです。残念ながら私はTRPGから遠ざかって久しいですが、かつて夢中だった日々を思い起こしながら懐かしい気分で読みました。
5、影を吞んだ少女
こちらは当ブログでレビュー済みなので、再掲します。
『影を呑んだ少女』短評 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
霊を取り込む能力を持った少女が霊に振り回されながらも、数々の知恵と機転で自らの運命をつかみ取る物語。中盤以降で加速的に進行するストーリーに強く惹き込まれます。霊的・魔術的なるものの扱いが堂に入っているのはやはりハーディングで、神秘性を帯びたハイレベルのファンタジーに仕上がっています。善悪を見定めながら自らの道を切り開いていく少女の強さとみずみずしさが快い読後感を与えてくれて、ジュヴナイル・ファンタジーとしての色も帯びています。清教徒革命あたりのイギリスが舞台になっていて背景世界の書き込みは密で、歴史小説としての見どころもあり。WEB上で「クマが・・・!」というコメントが散見されておりますが、そこは読んでのお楽しみということで。
多彩な側面を持ったファンタジーないし幻想文学の傑作であり、翻訳された前2作に劣らぬ出来。改めてフランシス・ハーディングが実力者であることを認識できる作品です。
【とりあえず2020年総括】
児童文学を中心にコア・ファンタジーを担う骨太な作品が数々刊行され、全体には久しぶりの豊作でした。何度も書いていることですが、魔術や神秘の薫り立つ描写だけでなく、ファンタジーというジャンルであるからこそリアリズムの追求は必須です。異界に没入するだけでなく、現実世界を批評的に照射する強靭な物語だからこそ読者の心に強く響きます。2021年もこの豊饒な流れが続いてくれることを祈ります。