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山下澄人『月の客』短評

 今回のレビューは先月発売された芥川賞作家・山下澄人の新作です。

  

月の客

月の客

  • 作者:山下 澄人
  • 発売日: 2020/06/05
  • メディア: 単行本
 

  2017年に『しんせかい』で芥川賞に輝いた山下澄人。今回の新作は、実験的な文体を用いて実存に対する哲学的な問いかけを行う、佳作/怪作/実験作/問題作です。句点を用いず改行が多用された文体は一見詩的です。しかし、詩として解するには言葉の削り込みや磨き込みが少なく、やはり散文詩ではなく小説として解するべきでしょう。 ゆえに、物語の主題はコギトではなく物語の構造から湧き出してきます。

 主人公の少年少女が社会から全く疎外され隔絶され、あるいは自ら人間社会から全く離脱して生を送るなら、彼らは実存と呼べるのでしょうか。社会から排された少年少女に寄り添う存在、他者として山下澄人が用意したのは犬や猫という動物です。少年少女は動物とともに動物らしい生を送ります。所詮、人間も動物であり、人間と動物の境界などありません。少年少女の生は人間視点で見れば過酷なものですが、動物視点においては常に死と隣り合わせの過酷な生こそ全き日常です。結局、少年少女にとってどんな生や死が幸福なのかという判断は読者の人間的視座からかけ離れた彼岸にあるのでしょう。