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映画『最後にして最初の人類』感想

 毎度毎度の遅ればせですみませんが、現在公開中の映画『最後にして最初の人類』を観てきたので、ざっとではありますが、感想をまとめたいと思います。

 

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映画『最後にして最初の人類』公式サイト (synca.jp)

 最後にして最初の人類 - ネタバレ・内容・結末 | Filmarks映画

Last and First Men

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  うーん・・・。間違いなく傑作ですが、正しく理解するためのハードルが恐ろしく高い。そんな印象を抱きました。映画単体を受け止めるだけでも相当な集中力を求められ、観終わった後にかなりの体力・精神力を持っていかれました。ステープルドンのSF作品は邦訳されたものも未訳のものも英語と日本語で私はすべて読んでいますが、特にこの『人類』と『スターメイカー』は生命力を吸い尽くされる作品です。それゆえに甘美なのですが、今回の映画にも同じような麻薬的な魅力を感じました。

 ティルダ・スウィントンの厳かな朗読、スポメニックのモニュメントを映し出す精細なカメラワーク、全編を貫くヨハン・ヨハンソンの音楽。登場人物を排し、原作の最終章を中心に複数作品の引用を組み合わせてステープルドンのビジョンを極めて正しく表現して見せた恐るべき力業。20億年後の未来、人類の大いなる進化、テレパシーで接続された超意識体としての人類、身体を超越した精神、過去を改変することで未来を変えようとする時間線の画策、未来から我々原始の人類へのメッセージ。これらは比喩ではなくステープルドンが描いた具体的な主題でありビジョンであり、原作小説に精緻に計算されて配置された事象そのものです。原作小説が強度の抽象かつ具体として完成されていたからこそ、稀有壮大で虚無的なビジョンをクラークやレム、ワトスン、ベイリーなど後のSF作家たちが受け継いでいったのです。『2001年宇宙の旅』「人類補完計画」『三体』などに触れた向きは既視感を覚えるかもしれませんが、それらのオリジナルがここにあります。

 映画原作を含むステープルドン作品を複数読み、それらの内容と原作者のビジョンを頭に入れて鑑賞することが、この映画を理解するための必要条件でしょう。この映画をアート映画、音楽映画、人生に対する比喩、個体としての人類の生や死など、人間的スケールに矮小化して解釈するのは、SFや幻想や幻視を解しない無粋な読解です。登場人物やストーリーや心情描写などという些末なことにとらわれず、宇宙とは何か、生命とは何か、時間とは何か、意識とは何か、人類とは何か。ステープルドンの根本問題的なビジョンを幻視し格闘することが、この映画そして原作を正しく鑑賞する無二の態度です。