otomeguの定点観測所(再開)

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『日々のきのこ』感想

 今回のレビューは、昨年末に発売された、高原英理さんの『日々のきのこ』です。

 

 大変遅ればせながら、今月、ようやく拝読しました。面白かったです。

 世界が菌類に侵食され、人類が菌類に支配されて緩やかな滅びを歩む黙示録的な世界の物語です。全体に滅びゆく人類の倦怠感のようなものに包まれた世界観において、菌類が作り出す多彩な環境世界が(恐らく菌類をよく知る読者にとっては)実に美しく描写されています。世界の主役は人間であると思い込んでいる人類の傲慢さと愚かさがなんと滑稽なことか。『観念結晶体系』でも見られた、衒学的で多数の視座からの思索がここそこに張り巡らされており、退廃的ながら生命力に満ち溢れた上質の幻想文学になっています。しかし、黙示録的な世界にありながらも物語に陰鬱な翳はなく、また滅びゆく人間にも悲惨な心情はなく、変わりゆく世界を自然体で受け入れ、日々を愚直に送っていく菌類と人間の姿は抵抗感なく読者の琴線に触れてくるでしょう。菌類と人間という異なる生命を対立する概念としてではなく、共生する生命体としてとらえ、菌類たちの世界に読者を取り込む作者の膂力が心地よいやら不気味であるやら。人類がいなくなり、菌類と融和したなら、それは例えば地衣類のような一塊のなにかになるのでしょう。いや、人間はすでに腸内細菌など様々な菌類を内に宿して何億年も共生してきたのですから、今更外殻が菌類と一体となったところで大した変化ではないのです。