otomeguの定点観測所(再開)

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『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』&『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 前編』感想

 なんかえらく長いタイトルになりましたが、つまりは『ユーフォ』の新作劇場版と新作ラノベの感想です。途中、各所にネタバレが散種されると思いますので、まだ未見・未読の方はご注意ください。

 【劇場版⇒評価が多層に分かれる作品】

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『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』公式サイト

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 まあ、なんぼでも貼れるでしょうが、とりあえずこれくらいで。先週末から仕事が続き、土日ともつぶれたため、やっと観ることができました。先入見なしで見るためにここ数日、WEB上の『ユーフォ』関連の情報を閲覧しないようにしていたのですが、やはり評価は割れているようですね。実際に観てみて、これはかなり評価や感想が分かれる作品だろうなと思いました。

 多分、この映画の主な鑑賞者は4層に分かれると思います。

①一般の映画・アニメファン

②『リズと青い鳥』から入ってきたライトなファン⇒TVシリーズと原作はよく知らない

③TVシリーズから入ってきた中程度のファン⇒原作は読んでいない

④原作を頭に入れて映画を鑑賞している最もディープなファン

 正直、①~④の層をを全て、特に③④を満足させるのはなかなか難しいでしょう。③④には『ユーフォ』への思い入れの強い人たちもいるはずですし。そして、映画として企画されたので表現が尺の幅に制限されること、あくまで黄前久美子視点の物語であることに留意する必要があります。それらの枠内で評価するなら、京アニは恐らくベストに近い作品を作ってきたと思います。

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 敢えてマイナス評価から書いてみます。表現手法をこれまでの『ユーフォ』のそれに戻したため、『リズ』に比べると映像に実験性や尖鋭さが欠け、画面が凡庸になりました。つまりは普通の京アニ映画という水準です。また、最後の関西大会の演奏シーンも既視感の範囲内という感じで、これまでの『ユーフォ』の演奏シーンに比べて際立って優れていたとはいえませんでした。

『リズと青い鳥』公式サイト

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 また、明らかに尺が足りず、『ユーフォ』の魅力であった丁寧に描かれる人間模様や心情の描写が、ダイジェスト版のような構成になってレベルダウンしてしまいました。そのため、原作で描かれていた重要な描写や伏線をいろいろカットせざるを得ず、各キャラの行動や言動に唐突さが目立ち、細切れのような印象になってしまいました。尺の都合上カットせざるを得なかったのはよく分かるんですが。TVシリーズの人間模様や心情の描写が、原作の伏線をしっかり取り入れ、かつアニメオリジナルも加えた精細なものだっただけに、物足りなさは残りました。

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 何より、上記のリンク先でも触れられていますが、原作既読組としては、部の主体となっていた3年生たちのエピソードが、(『リズ』で描かれていた希美とみぞれは除いて)ほぼ根こそぎカットされていたことが残念でした。

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 憧れの先輩たちが抜け、部長の重責に苦しみながらも1年間頑張りぬき、最後は「理想の部長」と称されるまでの成長を遂げた吉川優子や、

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 副部長として優子を支えた中川夏紀、

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 自身の演奏技術の不足や顎関節症に苦しみ、悩みながらも献身的に部を支え続けた加部友恵。

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 彼女たちの活躍、特に第2部において真・主人公といってもいい吉川優子の物語がバッサリ斬られていたことは、原作既読組にはショックな展開だったでしょう。とりわけ、関西大会の後に気持ちを整理しきれない3年生たちに対して、久美子たち下級生が送った感謝と救い。さすがにこれはカットしちゃいけなかったと思うんですよね。私も原作既読組のはしくれとして、原作と比較しての不満を募らせながらの鑑賞となりました。

 

 さて、ここまでマイナス点を挙げておいての豹変で恐縮ですが、不作極まる2019商業アニメにおいて、極私的には本年度ベストといっていい感動を覚えた作品となりました。

 高校・大学と音楽部活に所属し、部長もやって、コンクールへの挑戦と敗退も経験している身としては、北宇治吹奏楽部で起きていることがリアルに自分の経験とシンクロしてしまうんですよね。

 上級生が抜けて部を運営しなければいけない重圧、1年間かかって築き上げてきた演奏がゼロに戻って再び作り直すことの苦労、部のあちこちで発生する人間模様やトラブルの収拾、音楽初心者として駆け出すときの苦労、オーディションに向けてのプレッシャー、ソロをつい先輩に譲ってみたくなる気持ち、新入生たちの扱いが難しいこと、演奏会やコンクールに向けてやることがあまりに多くてやりくりが大変であること、みんなの前に立ってメンバーをまとめるトークがすごく難しいこと、なかなか上達しない自分との葛藤、死力を尽くしたのに敗退したとき訪れるひどい落胆などなど・・・映画で描かれている事柄の一つ一つがとてもよく分かります。いい歳をしたオッサンが学生時代に立ち返って胸を震わせながら鑑賞しました。

 特に、関西大会の後に部長として皆を盛り上げるトークをした吉川優子は本当にえらい。私も地区大会敗退で、同じ状況でトークをした経験が何回かあります。辛く沈んだ心境で、自分はリーダーとしてあそこまで凛としたことは言えなかったなあと、非常に感心しながら見ていました。

 当然、続編が作られると思いますので、3年生になった久美子たちの代で念願の全国大会金賞が成し遂げられることを心から期待したいと思います。

 

【小説版⇒作者の確かな成長が感じられる第3楽章】 

  映画公開に併せて小説版の新作が発売され、久美子が部長となった3年目の北宇治吹奏楽部がスタートしました。第1楽章・第2楽章は小説単体として評価すると正直粗削りな作品だったと思います。しかし、昨年、武田綾乃は青春小説として小説単体でも十分に評価できる作品を複数出し、作家として飛躍を遂げました。 

その日、朱音は空を飛んだ

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君と漕ぐ: ながとろ高校カヌー部 (新潮文庫)

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青い春を数えて

青い春を数えて

 

  第3楽章は小説としての完成度の高まり、作者の成長が強く感じられる作品であり、小説単体としても完成度の高い作品になりました。まだ前編で、伏線を貼りまくって終わっているので、最終的な評価はできませんが、恐らく『ユーフォ』完結後も武田綾乃は青春小説の書き手として注目すべき存在になっていくのでしょう。

 北宇治は近年の京都では最も実績を出している吹奏楽部なので、強豪として確たる存在になりつつあり、第1楽章・第2楽章と比べて部の雰囲気が明らかに変わりました。部長・久美子、副部長・塚本、ドラムメジャー兼学生指揮者・麗奈というトロイカ体制で、高い目標とストイックな練習を当然のものとする「強い北宇治」ができあがりつつあります。また、この2年の実績に惹かれて全国を目指すハイレベルな新入生や転校生が集まり、戦力的には過去3年で最も充実した陣容になりました。全国大会金賞という目標に向けて、久美子たちはめまぐるしい日々を送っていますが、彼女たちの充実感が物語の端々に感じられます。

 後編に向けて、きな臭い要素も含めて面白そうな伏線が多数張られており、しっかり回収しきって大団円に持っていければ、良作の青春ラノベになるはずです。後編を楽しみに待ちたいと思います。