otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2020極私的回顧その10 本格ミステリ(国内)

 極私的回顧第10弾は国内の本格ミステリです。いつものお断りですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。また、本格ではないと判断した作品は他の項に回しておりますので、悪しからずご了承ください。

 

2019極私的回顧その10 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

2018極私的回顧その4 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

2017年極私的回顧その4 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

2016極私的回顧その4 本格ミステリ(国内) - otomeguの定点観測所(再開)

 

このミステリーがすごい! 2021年版

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  • 発売日: 2020/12/04
  • メディア: Kindle
 

  

2021本格ミステリ・ベスト10

2021本格ミステリ・ベスト10

 

  

ミステリマガジン 2021年 01 月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2020/11/25
  • メディア: 雑誌
 

 

【マイベスト5】

1、立待岬の鷗が見ていた 

立待岬の鷗が見ていた

立待岬の鷗が見ていた

  • 作者:貴樹, 平石
  • 発売日: 2020/07/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  伏線の張り方が極めて巧妙。マスメディアの情報、北海道の方言自体、タイトル、作中で語られるミステリ談義など、作中テキストの至る所に読者への提示及びミスリードがばらまかれており、終盤で堅実に回収されて見事にピースが組みあがります。手法としては新しくないですし、突き抜けた奇抜さもないですが、精緻でオーソドックスな本格ミステリ。後述しますが、特殊設定にやや食傷気味だった2020年、この佳作ミステリを本格の1位として推したいと思います。

 

2、名探偵のはらわた 

名探偵のはらわた

名探偵のはらわた

 

  白井智之が3年連続のランクインとなりました。2020年、特殊設定ミステリとしてはこれがベストかと思います。特殊設定ミステリにおいて、ミステリの仕掛けありきで世界が構築されるものか、精緻な世界設定があってミステリの仕掛けが成り立つものか。ないしまた、本格としての精緻さ・美しさを優先するのか、特殊設定としてのSF・ファンタジー・怪奇幻想・エログロなど他ジャンルの小説の要素を優先するのか。読者としては当然、全部やれ、です。作中で起きる奇怪な現象に理屈が通る世界を構築し、今回は控えめですがスプラッタ的な描写のサービスが行き届き、もちろん本格として完成しており。特殊設定をやるならここまでやってほしいと思います。

 

3、ワトソン力 

ワトソン力(りょく)

ワトソン力(りょく)

 

  自分の手柄にはならないが他人の推理力を高めることで事件を解決に導く、「ワトソン力」の持ち主、警視庁・捜査一課の和戸が主人公であり語り部です。ユーモラスな節回しの短編集ですが、次々と登場するクローズド・サークルはソリッドな出来で、組みあがる推理の完成度も信頼のパズラー。最後に彼は独力で事件を解決せねばならない状況に陥りますが、ネタバレを避けるため、あとは読んで確かめてください。

 

4、ノッキンオン・ロックドドア2 

ノッキンオン・ロックドドア2

ノッキンオン・ロックドドア2

 

  軽妙な掛け合いを繰り広げる探偵コンビのシリーズ2作目、第一部完。緩い雰囲気の物語ですが、ひねりのきいた設定をロジックで織り上げていく技術はさすがで、本格ミステリとしての完成度は堅牢です。キャラクター描写や文体において作者の進化も感じられ、シリーズの今後に期待の持てる1冊です。

 

5、数学者と哲学者の密室――天城一笠井潔、そして探偵と密室と社会 

  2020年度の評論枠はこちらで。表題通り2人の作家を比較した論ですが、作品の年代を跳躍して現代に通じる普遍性を有する問題意識を提示しています。時代や社会状況とのかかわりの中で、作品自体も作家自身も駆動し変化していく様が刺激的。できるなら比較対象=対照としての原書を手元に用意して読みたい本です。

 

【とりあえず2020年総括】

 一応、全体の作柄は豊作でしょう。そして情況としては、2019年に続き特殊設定ミステリが氾濫した1年でした。2019年度の回顧でも触れたとおり、本格ミステリの進化形としての特殊設定ミステリを極私的には評価しつつ、SF・ファンタジー・怪奇幻想など他ジャンルの視座から見た時の物足りなさについてはできる限り捨象してきたつもりです。しかし、すみません。我慢できませんでした。2020年は後者の物足りなさが勝ってしまい、世界設定や他ジャンル的な描写が中途半端だと感じた作品をランキングから外しました。昨年と真逆のことを書きますが、ミステリとしてはもちろん本質を踏まえつつ、やはりジャンルを越境する以上、他ジャンルからの視座にさらされても堪えうるだけの強度を有する作品であるべきなのです。来年はまた違うことを書いているかもしれませんが、うーむ・・・。