otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2020極私的回顧その11 ミステリ系エンタテイメント(海外)

 極私的回顧第11弾は海外のエンタテイメント小説です。いつものことですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。

 2019極私的回顧その11 ミステリ系エンタテイメント(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2018極私的回顧その5 ミステリ系エンタテイメント(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2017年極私的回顧その5 ミステリ系エンタテイメント(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2016極私的回顧その5 ミステリ系エンタテイメント(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp) 

このミステリーがすごい! 2021年版

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  • 発売日: 2020/12/04
  • メディア: Kindle
 

  

2021本格ミステリ・ベスト10

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ミステリマガジン 2021年 01 月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2020/11/25
  • メディア: 雑誌
 

 

【マイベスト5】

1、言語の七番目の機能 

  一応フランス思想を基軸とする者として、痛烈かつ痛快だったので1位に持ってきてしまいました。バルトの事故が実は殺人だったというところまではミステリの体裁なのですが、そこから先はフーコーデリダクリステヴァなど構造主義およびポスト構造主義の哲学者、そして1980年代にもてはやされた知識人連中をひたすらいじくりまわす与太話になっていきます。こんなに彼らをおちょくっていいのか、もちろんいいのです。ペダンティックで斜に構えた作者の態度が鼻につくところも当方の趣味に合い、げらげら笑いながら楽しくページを繰りました。とはいえ、非常に灰汁と苦み・渋みが強い作品なので、一部の向きにしかお勧めできませんが・・・。

 

2、ザリガニの鳴くところ 

ザリガニの鳴くところ

ザリガニの鳴くところ

 

  ネイチャーライターである作者の初フィクション。濃密な自然描写の中に韻文を巧みに取り込みながら、主人公の少女・カイアのサバイバルと湿地で見つかった死体を巡るフーダニットが交互に展開されます。カイアは沼地の自然に故郷としての暖かなまなざしを向け、厳しい状況に置かれながらも健気で凛としたありかたを最後まで崩しません。少女に強く感情移入する、抒情あふれる傑作と言えるでしょう。

 

3、あの本は読まれているか 

あの本は読まれているか

あの本は読まれているか

 

  当ブログでレビュー済みなので再掲します。

『あの本は読まれているか』短評 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

東西冷戦の只中にCIAによって仕掛けられた〈ドクトル・ジバゴ作戦〉が題材。激しい諜報戦の描写に作戦に関わった多数の男女の生き様と恋愛模様をジェットコースターのように展開していく、熱いエスピオナージュです。冷戦のスパイものといえば、ほとんどが男性視点で語られてきて女性は男性の補佐や色仕掛け要員であることが多かった気がしますが、この作品のメインは東西両陣営の女性の多視点です。男性優位の職場で冷遇されながらも彼女たちが抱いていた情熱と野心、そして男性を怜悧に見据える研ぎ澄まされたユーモア。これまで歴史の影に隠れてきましたが、彼女たちもまた主役級の働きをしていたのだということを、作者は膨大な歴史資料の読み込みを裏付けにして見事に描き切りました。

 

4、カメレオンの影 

  英国ミステリの女王、5年ぶりの翻訳紹介。巧みな心理描写によってお互い猜疑心溢れる警視と容疑者が神経を削りあう、サスペンスとしての完成度はさすが。イラク戦争に対する社会的認識や、ユングの使い方には異論を唱えたくなるところもありますが、あくまで演出装置なので突っ込むのも野暮というものでしょう。

 

5、天使は黒い翼をもつ 

天使は黒い翼をもつ (海外文庫)

天使は黒い翼をもつ (海外文庫)

 

  1953年刊行で80年代に発掘された、饒舌なクラシック・ノワールにしてロード・ムービー。犯行やアクションの描写は抑え目の、ノスタルジックな逃避行です。最後はお約束のようなサプライズで落ち、喪失感とともに終わります。主人公の悪女としての造形に象徴されるように、古き良き様式美(??)に彩られた作品なので、50年代のアメリカの世相を押さえながら、お約束をゆったりとした心で楽しみましょう。

 

【とりあえず2020年総括】

 本格ミステリの項では不作だと総括しましたが、翻訳のエンタテイメント小説全体はコロナの状況にあっても良い作柄を保っていたと思います。各国のサスペンス小説がさまざま翻訳され、国ごとのアイデアや世情の違いを味わいながら、不安定な世界を1年間楽しむことができました。

 不謹慎ながら、今後はこのコロナ騒動がミステリにどう影響を与えていくのかが興味深いですね。2019年の総括では各国の政治状況をに対するミステリ作家の反応について触れましたが、コロナという全世界的な事象に対しても、ミステリ作家たちが黙っているわけはないでしょう。重大な社会問題を正面から扱いながらも、それでも希望は失わず人間賛歌を描くという作家の強い意志。そんな物語が理想でしょう。現実の政治状況が絶望的なだけに、せめてフィクションの中では人間の誠実さや逞しさに触れたいものです。