otomeguの定点観測所(再開)

文芸評論・表象文化論・現代思想・クィア文化・社会科・国語表現・科学コミュニケーション・初等数理・スポーツ観戦・お酒・料理【性的に過激な記事あり】

2020極私的回顧その12 ミステリ系エンタテイメント(国内)

 極私的回顧第12弾はミステリ系エンタテイメント(国内)です。いつものことですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。

 2019極私的回顧その12 ミステリ系エンタテイメント(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2018極私的回顧その6 ミステリ系エンタテイメント(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2017年極私的回顧その6 ミステリ系エンタテイメント(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

2016極私的回顧その6 ミステリ系エンタテイメント(国内) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 

このミステリーがすごい! 2021年版

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  • 発売日: 2020/12/04
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2021本格ミステリ・ベスト10

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ミステリマガジン 2021年 01 月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2020/11/25
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【マイベスト5】

1、海神の島 

海神の島

海神の島

 

  池上永一と沖縄、そして陽少女という最強コンボ。個性的な魅力あふれる三姉妹の物語は開始早々丁々発止のカオスに突入し、ジェットコースターのごとくページを繰らせます。荒唐無稽でコミカルな宝探しのストーリーに併せ、沖縄のタブーや歴史、時事問題など現実とリンクするテーマに切り込んでいく鋭利さも、作品の価値を高めています。単なる冒険小説にとどまらない池上ワールドの新たな傑作を、2020年度の1位に推したいと思います。

 

2、あの子の殺人計画 

あの子の殺人計画 (文春e-book)

あの子の殺人計画 (文春e-book)

 

  2017年の『希望が死んだ夜に』に続く、「仲田・真壁シリーズ」第2弾。前作同様、虐待や貧困や人格の歪みなど、子供が抱える闇に深く切り込み、事件の真相に慟哭を絡める作品です。主人公の小学5年生の少女が虐待を繰り返す母に抱いた殺意、そして完全犯罪。かつて使用されたアリバイ崩しのトリックの流用なので、本格としては物足りなさが残りますが、社会派としては文句なしの出来でしょう。

 

3、ピエタとトランジ(完全版) 

ピエタとトランジ <完全版>

ピエタとトランジ <完全版>

 

  名探偵の周りで不条理に殺人が重ねられるというご都合主義をパロディ化した世界における、ホームズとワトソンを想起させる女性二人のバディものです。最初はメタミステリと見せかけて、人が死にすぎて途中からディストピアものに変容する超展開。それでも揺るがぬ二人の友情とすがすがしさ。これらのカオスを藤野可織の高い筆力が見事にさばいています。

 

4、鏡影劇場 

鏡影劇場

鏡影劇場

 

  ホフマンは私も好物の作家ですが、ホフマン好き好きという逢坂剛が、情念と技巧の粋を尽くして組み上げた恐るべき膂力の大作にして巨大な迷宮。入念な取材と資料に基づいた伝記である「手記」と、主人公のギタリスト・倉石とドイツ文学者・本間が生きる「現実」。2つの時空が融解しつつ入れ子構造となり、奥行きのある作中作として構築されています。巻末の袋綴じには驚きの仕掛けが施されていますが、ネタバレになるので控えます。自力でそこまで到達してください。

 

5、うるはしみにくし あなたのともだち 

うるはしみにくし あなたのともだち

うるはしみにくし あなたのともだち

 

  怪奇・ホラーの枠で評価するとはじき出されるので、ミステリの項に入れました。

 当ブログでレビュー済みの作品なので再掲します。

『うるはしみにくし あなたのともだち』短評 - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)

 顔の美醜を巡る呪いをテーマとした学園ホラー&ミステリの佳作です。顔の美醜がテーマであり、スクールカースト周辺の女子のせめぎあいと、美醜にまつわる女子生徒の心の闇が各所ににじみ出ており、血だの膿だの老化だの呪いの描写も適度に不快で振り切れていて、相変わらずホラーとして読者の生理をえぐる描写がうまい作者です。ミステリとしての外形は調っているものの、単体のミステリとして評価してしまうと恐らく凡庸。メインはあくまで人間の心の闇が醸す気持ち悪さです。

 女子生徒の心の闇はえげつなくおどろおどろしいものでしたが、一方、彼女たちの騒動を見物しながら女子の美醜をランキングする男子生徒、女子を酒の肴にする男性教師、という男どものみっともない姿は、心の闇というよりは滑稽に思えました。

 

【とりあえず2020年総括】

 まずは、コロナで大変な状況の中、傑作・良作を供給し続けてくれた出版関係の皆様に深い感謝を申し上げます。本格ミステリの視座で見れば引き続き特殊設定華やかなりし1年だったと思いますが、一方で現実の諸問題とリンクした社会派や冒険小説、サスペンスなど各サブジャンルにおいて、きっちり良作が生産されていたという印象です。大作級の作品も複数刊行され、困難な状況ながらまずまずの作柄が保たれました。

 そして、海外ミステリの項と同様に不謹慎かもしれませんがが、やはりコロナに対して国内の作家がいかに反応していくかには大いに興味があります。状況をトリックとしてしたたかに取り込む作品、テーマを軸に据えた社会派など、作家たちの多彩な応答に期待しつつ、2021年も国産ミステリを消費していきたいと思います。