2020極私的回顧その9 本格ミステリ(海外)
極私的回顧第9弾は本格ミステリ(海外)です。ようやく当ブログの平常運転(??)に入るというところでしょうか。いつものことですが、テキスト作成のため『このミス』ほか各種ランキング、およびamazonほか各種レビューを適宜参照しています。
2019極私的回顧その9 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開)
2018極私的回顧その3 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2017年極私的回顧その3 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
2016極私的回顧その3 本格ミステリ(海外) - otomeguの定点観測所(再開) (hateblo.jp)
【マイベスト5】
1、ソーンダイク博士短篇全集:第1巻 歌う骨
ホームズのライバルとうたわれた「思考機械」。科学的探偵法の先駆にして倒叙ミステリの創始。2020年クラシック最大の収穫を1位に持ってきました。証拠写真、挿絵、見取り図など、捜査の手掛かりとなる資料がほぼ余さず収録されているのもうれしい限り。詳細に物証を検討しながら、物証だけでなく動機面など周辺部も緻密に詰めていく「思考機械」の短編の完成度はやはり高いです。現代本格の視座から見ると既視的な箇所も散見されますが、そもそもここがルーツの1つですからね。
2、北米探偵小説論21
厳密には新刊ではありませんが、初刊の増補からさらに増殖・再構築された大著。この20年余りの社会状況の変化や文学観・本格ミステリ観の変化を踏まえ、海外ミステリに対する筆者の分厚い認識に改めて面目を施した労作となっています。本格ミステリおよびクラシックの受容が深まった近年の評論の流れを請けつつ、さらにそこから先へ・外へと踏み出そうとする野心にも感じるものがあります。
3、網内人
2020年の華文ミステリの中ではこれがベストでしょう。割と単純な復讐譚のように話が始まりますが、サイバーミステリ的な趣向にとどまらず、いじめ、性犯罪、教師の怠慢など、普遍性を有するテーマに物語が移行していきます。また、本格の構成としても、ハイテクの利便性を用いるのみならず、読者への証拠のフェアな提示から説明、同意、落着という必要な手続きがきちんと踏まれており、完成度の高いものになっているといえるでしょう。
4、時間旅行者のキャンディボックス
SFの枠で評価するとランキングに入らないので、本格の枠でカバーしました。ロジカルで直球な本格とはいいがたいですが、タイムマシンが1967年にイギリスで発明されていたという設定を駆使して、様々な年代で起こった事件や証拠をより合わせて一つのピースへと織り上げる、完成度の高いフーダニットです。
5、ある醜聞
2020年はクラシックの発掘があまり進まなかった印象ですが、その中でも大きな収穫だったのがベルトン・コッブでしょう。戦前の索引のついたガイド的な本格ではなく、戦後のクライム・クラブの系譜にある作品です。主人公が組織や上司に忖度しつつ上司を疑いながら捜査を進めていかねばならない哀愁(??)が、忖度や縦割りの組織に縛られた現代日本及び私の仕事状況(笑)に重なり、妙に惹かれる作品でした。
【とりあえず2020年総括】
不作。以上。この一言で終わりでいいと思います。英米欧も華文も現代本格には見るべき作品がほとんどなく、というよりは本格を志向した作品がほとんどなく(もちろん本格か否かというのは作品の面白さや完成度とは無関係ですが)、クラシックの発掘もあまり進まず、収穫のほとんどなかった1年でした。ミステリ全体でとらえるなら2020年は豊饒な作況だったと思いますが、頑迷固陋な本格ファンとしては、やはりゴリゴリの直球本格をもっと読みたいと、飢えて渇いた状態でした。
各種ランキングでは上位に来ていた作品たちでも、極私的には本格とみなせない、あるいは完成度が高いと思えない作品が散見されました。
2020年のホロヴィッツは良くなかったと思います。核心を書くとネタバレになってしまうので避けますが、『緋色』へのオマージュならもっと鋭利な設定やアイデアを使ってほしかった。
アルテもいまいち。この完成度なら国内本格のほうが上手いです。
『死亡通知書 暗黒者』は本格ではなくサスペンス。しかも映画的な話の作り方が小説としての妙味を下げていると感じ、こちらも推せませんでした。
とにかく、2021年は重厚な海外本格が読みたい。それだけですね。